コップが割れただけ。
おもちゃが少し欠けただけ。
それなのに、
涙が止まらなくなる子がいます。
この文章は、
その涙を「大げさ」と片づけたくない日のために書いています。
物が壊れただけで涙が止まらない子|優しさと自己否定の境界線
壊れて号泣する。
「ごめんね、ごめんね」と自分を責める。
なかなか立ち直れない。
親としては、
「そんなに気にしなくていいよ」と言いたくなりますよね。
でも、まずひとつだけ。
失ったのは、物だけじゃないのかもしれません。
涙の原因は、「物」ではなく「関係の不安」
壊れた瞬間に、
子どもの中で動くのは、
「怒られるかも」という不安です。
そしてもっと奥には、
「嫌われるかも」
「大事にされないかも」
そんな、関係への不安があることがあります。
だから涙は、
物の分だけでは止まりません。
優しさと不安は、隣り合う
物を大切にできる子。
周りの気持ちを想像できる子。
そういう優しさは、
とても素敵なものです。
でも、その優しさは、
ときどき不安のとなりに立ちます。
優しい子ほど、心が揺れやすい瞬間があります。
自己否定は「性格」ではなく、学習として起きる
「自分が悪い」
「私のせい」
そう言い始めると、
親は胸が痛くなります。
でも、自己否定は、
その子の本質ではありません。
自己否定は、学習として起きることがあります。
過去に、
責められた記憶があったり、
誰かのがっかりした顔を見たことがあったり。
そういう経験が、
「先に自分を責めれば安全かもしれない」
という反応を作ることがあります。
ここでの境界線は「安心」
この場面で守りたいのは、
壊れた物よりも、
子どもの中の安心です。
「大丈夫」
「ここにいていい」
その安心が戻ると、
涙は少しずつ落ち着きます。
安心が、境界になります。
「これ以上は責めない」
という線があることで、
子どもは戻ってこられます。
NG対応を避けるだけで、十分な日もある
「そんなことで泣かないの」
「大げさだよ」
つい言いたくなる言葉ですが、
この場面では、
涙をもっと深くしてしまうことがあります。
特別なことをしなくても大丈夫です。
責めない。
急がせない。
小さく扱わない。
それだけで、
十分な日もあります。
守る場所が違った。
そう気づけたら、
もう大切な一歩です。
次の記事では、
「失敗が怖い子」の心を見ていきます。
挑戦できない、動けない、その奥で何が起きているのか。
やさしくほどく話です。
続きは、
また余裕のあるときに。

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