「心配だから」が、いつの間にか管理になる

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「心配だから聞いてるだけだよ」

そんなふうに言ったこと、ありませんか。

私もあります。

悪気はありません。

むしろ、大切に思っているからこそ出てくる言葉です。

無関心より、ずっとあたたかい。

放っておくより、ちゃんと見ている証拠。

でもね。

その“心配”が増えていくと、
空気が少しだけ変わることがあります。

今日は、その話です。


目次

心配は、やさしさのかたち

まず最初に。

心配は、やさしさです。

否定しなくていい。

大切に思うからこそ、不安になる。

ちゃんと帰ったかな。

無理していないかな。

嫌な思いしていないかな。

その気持ちは、とても自然です。

だから、心配そのものが悪いわけではありません。

問題になるのは、少しだけ“場所”です。

安心の置きどころが、どこにあるか。


安心のスイッチはどこにある?

「ちゃんと帰った?」

「誰といるの?」

「なんで返信遅いの?」

最初は、確認です。

でも、それが何度も続くと、
安心のスイッチが相手の行動に置かれます。

相手がこうしてくれたら安心。

相手がこう動いたら落ち着く。

つまり、自分の安心が相手次第になります。

ここで、空気が少し変わります。

聞かれている側は、
「信じられていないのかな」と感じることがあります。

聞いている側は、
「大事にしているだけ」と思っています。

どちらも間違っていません。

でも、少しだけ固くなる。

それが、やさしさが重くなる入り口です。


心配と信頼の違い

心配は、不安を減らしたい気持ちです。

信頼は、相手の選択を信じる気持ちです。

心配は、近づきます。

信頼は、少し引きます。

心配は確認を増やします。

信頼は余白を残します。

でも、信頼は放置ではありません。

困ったら言ってね、と伝えること。

戻ってきたら、ちゃんと受け止めること。

それも信頼です。

相手を動かして安心するか。

自分で整えて、相手を信じるか。

その違いは、空気に出ます。

やわらかいか、少し重いか。

それだけの違いです。


今日は、ひとつだけ。

確認を、ひとつ減らしてみる。

その代わりに、余白をひとつ増やしてみる。

心配は悪くありません。

ただ、安心の置き場所を少しだけ変えてみる。

それだけで、やさしさは軽くなります。

次回は、話し合っているのに、なぜか疲れる理由を見ていきます。

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