「普通だよね?」が増えると、空気は少しずつ固くなる

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「普通はさ」

何気なく、使っていませんか。

私も使います。

悪気はありません。

むしろ、うまくやりたいからです。

話を早く進めたい。

分かりやすくしたい。

衝突を減らしたい。

そんな気持ちのほうが、きっと強い。

でもね。

その言葉が増えていくと、
空気が少しずつ変わることがあります。

今日は、その話をしてみます。


目次

「普通」は、便利な言葉

「普通」は、とても便利です。

基準を一瞬で共有できます。

細かい説明をしなくても済みます。

「それくらい分かるでしょ」と言えば、
会話は短くなります。

忙しいときには、とくに助かる言葉です。

家庭でも。

職場でも。

恋人との会話でも。

共通の感覚を前提にできると、
少し安心します。

だから、ここまでは問題になりません。

むしろ、うまく回っている感じさえします。

悪意はないんです。

本当にない。

それが、この話のややこしいところです。


基準が増えると、空気はどう変わる?

でも、少しずつ増えていきます。

「普通はさ」

「みんなやってるよ」

「それくらい分かるでしょ」

言っている側は、
ちょっとした補足のつもりです。

でも、言われた側はどうでしょう。

「外れているのかな」と、
ほんの少し身構えることがあります。

「間違っているのかな」と、
ほんの少し考えることがあります。

その瞬間、空気が少し変わります。

まだ険しくはありません。

でも、やわらかくもありません。

正解に近いかどうか。

基準から外れていないかどうか。

そんな見えない採点が、
うっすら始まります。

誰も本気で採点していないのに。

空気だけが、少し固くなる。

それは、じわじわ進みます。

気づかないくらいの速さで。


責めていないのに、なぜか固くなる理由

もともとは「共有」だったはずです。

横並びで、「こうだよね」と言い合う感じ。

でも、どこかで「評価」に傾きます。

共有は、隣に立つ感覚。

評価は、少し上から見る感覚。

ほんの少しの角度の違いです。

でも、その角度が続くと、
安心は育ちにくくなります。

間違えにくくなるから。

外れにくくなるから。

やさしさのつもりでも、
基準が増えると、空気は固くなる。

誰かが悪いわけではありません。

ただ、正しさが少し前に出ただけです。

安心より、ほんの少し前に。

それだけの話なんです。


今日は、ひとつだけ。

「普通」と言う前に、一呼吸。

本当に今、その言葉が必要か、
ほんの少しだけ考えてみる。

正しさより、安心を先に置く。

それだけで、空気は少しやわらぎます。

次回は、「心配だから」が、いつの間にか管理になる話をします。

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