善意の裏に、欲が混ざるとき(補助フィルタ)
優しさが関係を壊すとき、そこに必ずしも悪意があるわけではありません。
むしろ厄介なのは、善意の中に、本人すら自覚していない「欲」が混ざっている場合です。
この欲は、表ではとても綺麗な顔をしています。
・思いやり
・誠実さ
・理解力
・包容力
けれど裏側では、まったく別のエンジンが回っている。
この記事は、そのエンジンを止めるためのものではありません。
「自分は今、何で動いているのか」を自覚させるための補助フィルタです。
「善意の裏の欲」とは何か
欲、と言うと多くの人は身構えます。
「自分はそんな打算的じゃない」
「利用しようなんて思ってない」
その反応自体が、このフィルタの対象です。
ここで扱う欲は、もっと人間的で、もっと曖昧で、もっと否定しにくいものです。
承認欲:必要とされたい
一番多いのが、このタイプです。
「頼られたい」
「自分だけは特別でありたい」
この欲は、一見とても優しく見えます。
相手の話を丁寧に聞き、否定せず、常に味方でいようとする。
しかし、ここには条件があります。
「必要とされている限り」という条件です。
相手が自立し始めたり、別の支えを見つけたりすると、微細な不安が生まれます。
その不安を感じた瞬間、優しさは無意識に形を変えます。
・少し不機嫌になる
・距離を詰め直そうとする
・「自分の方が分かっている」と示したくなる
これが、承認欲が混ざった優しさの典型です。
救済欲:救って気持ちよくなりたい
次に多いのが、救済欲です。
相手が弱っているとき、不安定なとき、人生が詰んで見えるとき。
そこに手を差し伸べることで、自分の価値を強く実感できる。
これは非常に中毒性があります。
なぜなら、相手が苦しければ苦しいほど、自分の「救っている感」は強くなるからです。
問題はここです。
相手が回復すると、役割が消える。
その瞬間、無意識にブレーキを踏んでしまう人がいます。
・相手の不安を必要以上に拾う
・「まだ危ない」と言い続ける
・自分がいないとダメだと示唆する
救済が目的だったはずなのに、構造としては依存の維持になっていく。
性欲:安心を“交換条件”にする
一番認めにくく、一番破壊力が高いのが、ここです。
露骨な性欲の話ではありません。
問題なのは、安心・理解・保護と引き換えに、親密さを期待する構造です。
「ここまで支えてきたんだから」
「これだけ分かっているんだから」
言葉にしなくても、期待は空気になります。
その空気を、相手は非常に敏感に察知します。
安心が、いつの間にか条件付きになる瞬間です。
欲が混ざると、優しさは“取引”になる
ここまでの欲が一つでも混ざると、優しさの性質は変わります。
それは、贈与ではなくなります。
見返りのある行為になります。
見返りが発生した瞬間、境界線が壊れる
見返りは、必ずしも言語化されません。
むしろ、言語化されない方が危険です。
相手は「返さなければならない」と感じる。
こちらは「まだ足りない」と感じる。
このズレが、関係の緊張を生み続けます。
そして境界線は、説明も合意もないまま壊れていきます。
相手の不安を燃料にしてしまう構造
ここが、最も残酷なポイントです。
欲が混ざった優しさは、相手の不安があるほど機能してしまう。
不安が強いほど、頼られる。
頼られるほど、自分の価値を感じる。
価値を感じるほど、関係を手放せなくなる。
相手が落ち着く=こちらが強くなる
相手が安心した瞬間、自分が「効いた」と感じる。
この快感は、非常に分かりにくく、しかし確実に残ります。
そして次第に、相手の不安が下がること自体が怖くなる。
これが、善意が人を縛る構造です。
自覚できた人だけが、次へ進める
ここまで読んで、不快になった人がいるはずです。
それでいい。
このフィルタは、快適さのために書かれていません。
重要なのは、欲を消すことではありません。
欲は否定しない、ただ“運転”を誤らない
承認欲も、救済欲も、性欲も、人間には自然なものです。
問題は、それが優しさのハンドルを握ったまま走ることです。
次の記事では、「分かり合える関係」を求めすぎたとき、何が壊れるのかを扱います。
ここまで読めた人は、もう「無自覚な善人」ではありません。

コメント