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体験談 ― 第2話|回避する側が、なぜ一番苦しくなるのか

回避する側は、楽をしている。
逃げている。
自由を選んでいる。

少なくとも、外からはそう見えます。

私自身も、
長いあいだ、そう思われてきました。

しかし、実際に内側で起きていたのは、
自由とは正反対の状態でした。

この話は、
「回避=悪者」という単純な構図を壊すために書きます。

なぜなら、
回避する側こそ、
最後に一番苦しくなるからです。


目次

回避は「冷たさ」ではなく、防衛だった

回避的な態度は、
性格ではありません。

多くの場合、
心を守るために身につけた技術です。

・近づきすぎると壊れる
・期待されると潰れる
・縛られると息ができない

そうした経験を、
過去に何度もしてきた人ほど、
無意識に距離を取るようになります。

私もそうでした。

関係が深まるほど、
どこかでブレーキを踏んでしまう。

相手が悪いわけではない。
自分が冷たいわけでもない。

ただ、限界が来る。


「逃げている」のではなく、「追い詰められていた」

回避する側は、
逃げているように見えて、
実は追い詰められています

相手の不安。
相手の期待。
相手の未来像。

それらを真正面から受け止めるほど、
自分の中の自由が削られていく。

・応えられない罪悪感
・離れたい衝動
・壊したくない葛藤

この三つが同時に存在するとき、
人はフリーズします。

そして、
最も楽に見える選択──
距離を取る、連絡を減らす、
感情を閉じる、という行動に出る。

それは逃避ではなく、
自壊を防ぐための緊急処置でした。


回避は「楽」どころか、長期的には地獄

回避を選んだ瞬間は、
確かに楽になります。

しかし、その代償は、
時間差で確実にやってきます。

・後悔
・喪失感
・「もしも」の反芻

相手が苦しんでいると知るほど、
自分の選択を正当化できなくなる。

それでも戻れない。

なぜなら、
戻った瞬間、
また同じ圧がかかると分かっているからです。

結果、回避する側は、
誰にも理解されない孤独を抱えることになります。

相手は被害者。
自分は加害者。

そう整理される世界の中で、
自分の苦しみを語る場所はありません。


回避する側が一番壊れる瞬間

回避する側が本当に壊れるのは、
関係が終わったです。

相手が離れたあと、
静かな日常が戻る。

そのとき初めて、
自分が何を失ったのかを、
ゆっくり理解する。

・喜び
・安心感
・人と深く繋がる感覚

それらを、
自分の手で手放したという事実。

ここで、多くの回避型は、
自分を責め始めます

あのとき違う選択ができたのではないか。
もっと誠実になれたのではないか。

しかし、当時の自分には、
それしか選べなかった。

この矛盾が、
回避する側の心を、
長く蝕み続けます。


回避をやめるべきなのか?答えは「違う」

ここでよくある結論は、
「回避は悪い」「直すべきだ」ですが、
私はそうは思いません。

回避は、
生き延びるために必要だった機能です。

問題は、
回避したまま、安心を与えてしまうこと

この組み合わせが、
最も関係を壊します。

回避するなら、
徹底して「安全」だけを置く。

期待を煽らない。
未来を匂わせない。
相手の人生を背負わない。

それができないなら、
距離を取るしかありません。


次の話へ進む人へ

ここまで読んで、
「自分は回避側かもしれない」と思ったなら。

あなたは、
すでに一段深い理解に立っています。

次の最終話では、
欲を殺さず、
安心を配らず、
それでも誠実に生きる道を描きます。

これは、
理想論ではありません。

実装可能な、生き方の話です。

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