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理不尽さが消えない本当の理由

このシリーズの最後に、
どうしても触れておきたいことがあります。

それは、

「なぜ、ここまで理解しても、理不尽さが消えないのか」

という点です。

・構造は分かった
・理由も理解できた
・自分を責めなくていいことも分かった

それでも、
ふとした瞬間に湧き上がる「納得できなさ」。

今日は、その正体を壊さずに言葉にします。


目次

理不尽さは「不公平」から生まれているわけじゃない

多くの人が、理不尽さを
「世の中の不公平」だと感じています。

でも、ここまで読んできたあなたなら、
薄々気づいているはずです。

本当の理不尽さは、
他人ではなく、自分の内側に残っている。

もっと正確に言うなら、

「まだ使われていない自分の可能性」
これが、理不尽さとして残り続けます。

本当はできたかもしれない選択。
本当は言えたかもしれない言葉。
本当は進めたかもしれない一歩。

それらが「なかったこと」になっている感覚。

これが、
理解しても消えない違和感の正体です。


理不尽さは「諦めきれていない証拠」

ここで、ひとつ大事な視点を置きます。

理不尽さが残るということは、
あなたがまだ「生きるのをやめていない」証拠です。

完全に諦めてしまった人は、
理不尽さすら感じません。

・どうでもいい
・期待していない
・何も感じない

そこまで行くと、
世界は一気に静かになります。

でも、あなたは違う。

納得できない。
腑に落ちない。
「こんなはずじゃなかった」と思ってしまう。

それは、
まだ望みが生きているからです。

皮肉ですが、
理不尽さは「心が動いている証拠」でもあります。


「安全」を選び続けた人ほど、理不尽さを抱えやすい

このシリーズで何度も触れてきた構造。

あなたはこれまで、
かなり賢く、かなり慎重に、
人生を選んできた可能性が高い。

・失敗しないように
・傷つかないように
・嫌われないように

その選択は、
間違っていません。

ただ、ひとつだけ副作用があります。

「選ばなかった自分」が、
ずっと心の中に残る。

挑戦した自分。
わがままを言った自分。
無謀だった自分。

それらは消えません。
置き去りにされたまま、
心の奥で息をしています。

理不尽さとは、
その存在に気づいてしまったときの痛みです。


じゃあ、どうすれば理不尽さは消えるのか?

ここで「解決策」を出したくなるところですが、
このシリーズではやりません。

なぜなら、
理不尽さは「消すもの」ではないから。

理不尽さは、
抱えたまま、生き方を更新していくもの
です。

無理にポジティブに変換しなくていい。
無かったことにしなくていい。

ただ、

「この違和感は、私がまだ終わっていない証拠だ」

そう位置づけるだけで、
理不尽さの質は変わります。

敵ではなく、
サインとして扱えるようになる。


このシリーズは、ここで終わります

最後まで、
何も「させません」でした。

行動も、決意も、
変化も、求めていません。

それでいいんです。

もし今、
少しだけ世界の見え方が変わったなら。

「自分はダメなんだ」から、
「自分は、まだ途中なんだ」へ。

それだけで、このシリーズは役目を果たしています。

答えは、ここには置きません。

必要になったとき、
別の場所で、
別の言葉として、
あなた自身が拾うものだから。

ここまで読んでくれて、ありがとうございました。

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