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有料2話|期待と現実のズレ

この話は、
前向きになるためのものではありません。

気持ちを上げるためでも、
希望を取り戻すためでもない。

「なぜ、そう感じてしまうのか」
その仕組みを、感情ではなく構造で見ていきます。


目次

期待は、現実を良くするために生まれていない

まず、最初に。

多くの人が、
期待について大きな誤解をしています。

期待は、
未来を良くするために持つものだと。

でも実際は、違います。

期待は、未来を制御しようとする試みです。

「こうなってほしい」
「こうなるはずだ」
「こうなるべきだ」

これらはすべて、
現実に対する先回りの介入です。

つまり、期待とは、
希望というより操作に近い。

期待があると、現実は「結果」になる

期待を持った瞬間、
現実はどう扱われるか。

評価対象になります。

・期待通りだったか
・期待以下だったか
・期待を裏切ったか

こうして、
現実は「起きた出来事」ではなく、
採点される結果に変わります。

ここで、ズレが生まれます。

現実は、
そもそも期待に応えるために存在していない。

それでも、
期待がある限り、
現実は常に不足として知覚されます。

「外れた」と感じる正体

期待すると外れたように感じる。

この感覚は、
現実が悪いから起きているわけではありません。

期待が、現実より先に立っているからです。

順番が逆なのです。

  • 本来:現実 → 解釈
  • 期待時:期待 → 現実 → 採点

この構造では、
現実が追いつくことはありません。

どれだけ良い出来事でも、
「もっとできたはず」「こうじゃない」
という感覚が残ります。

だから、
外れた感じだけが積み上がる

期待は、防衛の一種である

ここで、前話とつながります。

予測が防衛だったように、
期待もまた、防衛です。

期待を持つことで、
人は次のことをしようとします。

  • 失敗を想定内に収める
  • 驚きを減らす
  • 心の揺れを管理する

つまり、
期待は感情を安定させるための柵です。

しかし、その柵は、
同時に現実の通過点にもなります。

すべての出来事が、
期待という柵を通過してからでないと、
受け取れなくなる。

ズレは「失敗」ではなく「摩擦」

期待と現実のズレを、
失敗だと感じる人が多い。

でも、構造的には違います。

それは摩擦です。

期待という内部構造と、
現実という外部構造が、
噛み合っていないだけ。

どちらかが悪いのではない。

ただ、
噛み合わない設計のまま、
走り続けている。

その摩擦が、
「理不尽さ」や「虚しさ」として残ります。

期待を手放す、ではない

ここで、よくある結論に行きません。

「期待を手放しましょう」
「無期待でいきましょう」

それは、この構造を無視しています。

期待は、防衛として機能してきた。

だから、
無理に手放そうとすると、
不安が増えるだけです。

ここで必要なのは、
期待の役割を理解することです。

それ以上でも、それ以下でもない。

現実が「ズレ続ける世界」に見える理由

期待がある限り、
現実は常に少し遅れて見えます。

そしてその遅れは、
「足りない」「報われない」
という感覚を生みます。

でも、次の話で扱うのは、
さらに深い層です。

なぜ、それでも世界は動いているのか。

なぜ、ズレているように見えて、
実は止まっていないのか。

今日は、ここで止めてください。

理解しようとしなくていい。

ただ、
「そう感じてしまう構造がある」
それだけ持って、閉じてください。

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