期待した瞬間から、心は静かに苦しくなっていく
期待してはいけない。
そう分かっているのに、
気づいたら期待している。
返事が来るかもしれない。
今回はうまくいくかもしれない。
分かってもらえるかもしれない。
そして、
その期待が大きくなるほど、
胸の奥がざわつき始める。
期待は、希望でしょうか。
それとも、依存でしょうか。
期待は「未来」に感情を預ける行為
期待しているとき、
人は今を見ていません。
意識はすでに、
未来に飛んでいます。
・こう言ってほしい
・こうしてくれるはず
・この関係は続くはず
その未来像に、
感情を先に預けてしまう。
だから、
現実が少しでもズレると、
心が大きく揺れます。
相手は何も約束していない。
状況も確定していない。
それでも、
自分の中ではもう
「起きるはずの未来」になっている。
期待は「裏切られる前提」を同時に生む
期待すると、
人は無意識に構え始めます。
期待が外れたらどうしよう。
傷ついたらどうしよう。
この瞬間、
期待はすでに不安とセットになっています。
・喜びたい気持ち
・疑っている自分
・失敗したくない恐れ
これらが同時に存在すると、
心は休まる場所を失います。
楽しみなはずなのに、
落ち着かない。
待っているだけなのに、
疲れていく。
期待は、
まだ起きていない出来事で、
自分を消耗させる行為でもあります。
「期待しない方が楽」は、半分だけ正しい
期待しなければ、
確かに傷つきにくくなります。
でも同時に、
何も感じなくなっていく。
どうせダメだろう。
期待しないでおこう。
この構えは、
自分を守りますが、
関係も浅くします。
期待しない=大人、
という話ではありません。
実際には、
期待を抑え込んだまま、
心のどこかで相手を見張っています。
裏切られないか。
約束を破らないか。
これもまた、
心を消耗させる形です。
期待が苦しさに変わる境界線
期待そのものが悪いわけではありません。
問題になるのは、
期待が条件に変わる瞬間です。
・こうしてくれたら安心できる
・これがないと耐えられない
・応えてくれないなら意味がない
この状態になると、
期待はもう希望ではありません。
相手に委ねた、
自分の感情の管理です。
相手の一言、
一つの行動で、
気分が上下する。
それが続くほど、
苦しさは増していきます。
ここまで読んで、
「自分は期待しすぎているのかもしれない」
そう感じたなら。
それは責める材料ではありません。
ただ、
心がどこに預けられているかを、
一度見直す合図です。
この先に進むかどうかは、
あなたが決めてください。

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