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体験談 ― 第2話|拒否できなくなった男の末路

目次

回避する側が、なぜ一番苦しくなるのか

これは、
誰かを悪者にする話ではありません。

そして、
「離れればよかった」という
結論に回収する話でもありません。

なぜなら、
その選択肢が消えていく過程こそが、
本題だからです。

ここに書くのは、
拒否できなくなった男が、
どのようにして
“戻れない場所”まで来てしまったのか、
その経過の記録です。


NOが言えなくなる構造

最初から、
NOが言えなかったわけではありません。

むしろ逆です。

最初の頃は、
自分の意見も言えていたし、
違和感があれば立ち止まれていました。

それでも、
ある瞬間を境に、
拒否という選択肢が、
少しずつ形を変えていきます。

拒否=裏切りにすり替わる瞬間

最初は、
ただの要望でした。

「今日は一緒にいたい」
「今すぐ返事がほしい」
「それはやめてほしい」

どれも、
一つひとつを見れば、
理解できなくはない要求です。

問題は、
それを断ったときに起きた反応でした。

沈黙。
涙。
体調不良。
不安の訴え。

直接的な責めはありません。

ただ、
「あなたが断った結果、
私はこうなった」という空気だけが、
確実に残る。

この瞬間、
拒否は選択ではなく、
加害行為にすり替わります。

NOを言うことが、
相手を壊すことのように感じ始める。

ここが、
最初の分岐点でした。

罪悪感が主導権を握る

拒否すると苦しむ。
応じると落ち着く。

この繰り返しの中で、
選択の基準が変わります。

「自分がどうしたいか」ではなく、
「相手を苦しませないかどうか」。

主導権は、
完全に罪悪感へと移ります。

ここで多くの人は、
こう思います。

「優しさだ」
「思いやりだ」
「大人の対応だ」

しかし実際には、
自分の意思はすでに後退している。

この時点で、
関係は対等ではありません。


選択肢が消えていく過程

拒否しない選択を重ねると、
一見、関係は安定します。

衝突は減り、
相手は落ち着き、
平穏な時間が増える。

しかし、
その裏で確実に失われていくものがあります。

関係を守るために自分を切る

会いたい人を減らす。
予定を入れない。
行動を報告する。

最初は「配慮」です。

しかし次第に、
それが前提条件になります。

説明しなくても、
相手が安心できるように動く。

その結果、
自分の欲求や感覚は、
後回しにされ続ける。

気づいた頃には、
「自分が何をしたいのか」
分からなくなっていました。

関係を守るために、
自分を少しずつ削る。

この削りは、
一気には起きません。

だからこそ、
止められない。

外の世界が遠ざかる

友人との距離。
仕事以外の居場所。
一人の時間。

それらはすべて、
関係維持の名のもとに、
優先度を下げられていきます。

外の世界に出るほど、
説明や調整が必要になるからです。

結果、
最も楽なのは、
関係の内側に留まることになる。

ここで起きているのは、
隔離ではありません。

自発的な縮小です。

自分で選んでいるようで、
実際には選択肢が、
消えているだけ。


ここまで来ると、もう戻れない

この段階に入ると、
多くの人はこう言います。

「離れた方がいいのは分かっている」

それでも、
動けません。

自分を選ぶことが怖くなる

自分を選ぶとは、
相手を苦しませること。

そう刷り込まれているため、
選択そのものが恐怖になります。

また、
ここまで耐えてきた自分を、
否定することにもなる。

「無駄だった」とは、
認められない。

結果、
現状を続ける以外の道が、
見えなくなる。

関係がアイデンティティになる

自分が誰か、
何者かという感覚が、
関係に依存し始めます。

「必要とされている自分」
「支えている自分」

それがなくなったとき、
何が残るのか、
想像できない。

だから、
戻れない。

ここまで来ると、
関係は生活でも愛情でもなく、
自己定義そのものになります。

これが、
拒否できなくなった男の末路です。


次の最終話では、
この関係を「終わらせる」話はしません。

なぜなら、
終わらせる/続ける、
その二択自体が、
すでに罠だからです。

結論を出さないという選択。

それが何を意味するのかを、
最後に置きます。

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