「束縛されるのはモテている証拠」という誤解
束縛されている。
頻繁に連絡を求められる。
行動を把握されている。
それを、どこか誇らしく感じていないでしょうか。
「ここまで想われるなんて」
「必要とされている証拠だ」
もし、少しでもそう感じたことがあるなら、
この記事はあなた向けです。
これは説教でも、恋愛指南でもありません。
「束縛=価値証明」という錯覚を、
構造として静かに壊していきます。
読み終わったあと、気持ちよくなることはありません。
ただ、自分の立ち位置を疑いたくなるはずです。
束縛=価値証明という錯覚
束縛を「モテ」の証拠だと感じる心理は、
かなり単純な構造をしています。
・求められている
・失うのが怖い存在だと思われている
・他の男より優位に立っている
これらが、頭の中で一つにまとまると、
「自分には価値がある」という感覚に変換されます。
問題は、その価値の根拠です。
それは、あなたの人格でも、余裕でも、魅力でもない。
相手の不安の大きさです。
不安が強いほど、相手は確認します。
確認されるほど、重要な存在に見える。
ここで、価値の錯覚が生まれます。
ですが冷静に考えてみてください。
それは「選ばれている」のでしょうか。
それとも、「安心材料として握られている」だけでしょうか。
この違いを区別できないまま、
多くの関係は静かに壊れていきます。
束縛が起きる関係の共通点
束縛が起きやすい関係には、
いくつかの共通点があります。
まず一つ。
関係の初期に、距離が一気に縮んでいる。
頻繁な連絡。
長時間の通話。
早い段階での感情共有。
これ自体は悪いことではありません。
ただし、ある条件が揃うと危険になります。
それは、どちらかが不安を抱えたまま距離が縮むこと。
不安を解消する前に関係が深まると、
その不安は、相手を通して処理され始めます。
もう一つの共通点。
相手の要求に、説明や努力で応え続けている。
「不安にさせたくない」
「嫌われたくない」
その気持ち自体は自然です。
ですが、これを繰り返すと関係の力関係が固定されます。
・要求する側
・調整する側
束縛は、この非対称から生まれます。
魅力の問題ではありません。
関係設計の問題です。
自由を差し出す男の末路
束縛を受け入れる男性の多くは、
こう考えています。
「今は仕方ない」
「落ち着けば戻る」
ですが、自由は貸し借りできるものではありません。
一度差し出した自由は、
相手の中で「当然」になります。
行動の報告。
交友関係の制限。
感情の説明義務。
それらはすべて、
「信頼」ではなく「管理」に近づいていきます。
この段階で、男は疲弊します。
それでも離れられない理由は単純です。
ここまで差し出した自由を、
無意味だったと認められないから。
結果、関係は続きます。
しかし、尊重は消えます。
束縛されている間、
魅力は増えません。
むしろ、相手の不安を支える装置として、
役割化されていきます。
魅力はどこで失われるのか
魅力が失われる瞬間は、
拒否したときではありません。
相手に合わせ続け、
自分の判断を放棄したときです。
束縛されている状態は、
選ばれているように見えて、
実際には「選択肢を減らした存在」です。
モテと依存は、正反対に位置します。
依存される関係は、
安心は与えても、尊敬は生みません。
ここまで読んで、
「それでも自分は大丈夫」と思えたなら、
このシリーズはここで終わりでいいかもしれません。
もし、少しでも引っかかるものがあったなら、
次の記事で扱うのは、
「誠実さが関係を壊す瞬間」です。
答えは出しません。
ただ、立ち位置は、もう一度問い直されます。

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