「好きだから心配する」
この言葉に、違和感を覚える人は多くありません。
むしろ、
心配しない方が冷たい、
心配しないのは愛が足りない、
そんなふうに受け取られてきた場面も多いはずです。
だからこそ、
恋愛の中で「心配」は、
疑われにくく、正当化されやすい感情でもあります。
この記事では、
心配を否定することはしません。
ただ、その中身を少しだけ丁寧に見ていきます。
心配の正体
「心配」は、
多くの場合、善意から生まれます。
- 相手に傷ついてほしくない
- 失敗してほしくない
- 危ない目に遭ってほしくない
そう思う気持ちは、とても自然です。
そのため、
「心配=愛」と捉えてきた人は少なくありません。
ここで大切なのは、
この価値観を間違いだと決めつけないことです。
実際、
心配という形でしか愛情を表現できなかった人もいますし、
心配されることで「大事にされている」と感じてきた人もいます。
ただ一度、
少し距離を取って考えてみます。
心配は、
本当にすべて「相手のため」だけに生まれているのでしょうか。
不安の投影
心配が続くとき、
その中には、もう一つの感情が混ざり始めることがあります。
それが、
自分の不安です。
たとえば、
- もし何かあったらどうしよう
- 自分が知らないところで何か起きたら
- 想定外の選択をされたら不安
最初は小さな揺れだったものが、
気づかないうちに大きくなっていきます。
このとき、
心配は少しずつ形を変えます。
「あなたのために言っている」
という言葉の中に、
「自分が安心したい」という気持ちが混ざっていきます。
ここで重要なのは、
これが悪意ではないということです。
ほとんどの場合、
本人は本当に相手を思っています。
ただ、
安心の行き先が、
少しずつ相手に向かってしまっているだけです。
信頼との違い
ここでよく出てくる誤解があります。
それは、
「信頼する=何も言わない、何も見ない」
という考え方です。
信頼は、放置ではありません。
信頼とは、
相手が選ぶ余地を残すことです。
- すべてを把握しなくても関係が続く
- 想定外の選択があっても崩れない
- 相手の判断を、相手のものとして尊重する
心配が強くなりすぎると、
この余地が少しずつ狭まっていきます。
確認が増え、
説明を求め、
「分かってほしい」という言葉が重なります。
それは、
愛が強すぎるからではありません。
安心の置き場所が、
相手の行動に寄りすぎてしまった結果です。
「好きだから心配する」
この言葉そのものが、
間違っているわけではありません。
ただ、
心配が相手の選択を縛り始めたとき、
それは愛とは少し違う形に変わっていきます。
次の記事では、
なぜ人は恋愛の中で
「普通」や「当たり前」を求めるほど、
不安が強くなっていくのかを見ていきます。

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