カフェの入口で、Kaiが小さなコウモリの飾りを避けて身をかがめました。その後ろから来たLiaの魔女の帽子には、同じ飾りがちょこんと乗っています。
Kai(カイ)Lia、頭に一羽ついてる。



えっ。使い魔を連れてきた覚えはないんだけど。



いらっしゃい。今日はふたりとも、お茶にする?



うん。少し休みたい。



私も。あ、でも期間限定のパフェは食べたい。写真も撮りたいし、メニュー、見せて。



同じ休憩でも、ずいぶん予定が違ったな。
その一言に、Liaがメニューから顔を上げました。今日は恋人同士としてではなく、それぞれの恋の経験を持ち寄る来店客としてのふたり。このお話は、日常の関係を考えるための創作です。
会う約束はできた。でも、何をする約束だった?





それ、デートでもあった。『会いたいね』って、お互い言っていたのに、会ったらなんだか寂しくなった日。



どんな日だったの?



私は、少しおしゃれして、外でご飯を食べたかったの。帰り道にお店をのぞいたり、最近あったことを話したり。でも相手は、家でゆっくりしたかったみたい。



一緒にいる場所のイメージが違ったんだね。



うん。会ってすぐ『何か買って帰ろうか』って言われて。私、急に、外で一緒に歩きたくないのかなって思ってしまった。



お出かけを楽しみにしていた分、がっかりしたんだねぇ。



そう。でも、外で食べたいとは言ってなかった。会いたいって言い合えたから、その先も同じ気持ちだと思ってたんだよね。



僕にもあるよ。会えると分かった時点で、頭の中ではもう、その日の過ごし方が決まっていること。
Liaは、ふちに砂糖の星がついたグラスを両手で持ちました。会いたいと言ってもらえた嬉しさに、自分が楽しみにしていた景色を重ねていた。その景色を、相手にはまだ見せていませんでした。
触れ合いたい気持ちに、勝手な続きがつく





僕は、ふたりきりで過ごしたい日だった。仕事が忙しかったから、隣でくっついて、何も考えずに休みたくて。



うん。そういう会いたいもあるね。



相手は、仕事で嬉しいことがあって、その話をしたかった。僕は途中で抱き寄せようとしたんだ。そしたら『ちょっと待って、まだ話してる』と言われた。



その時、どう感じた?



避けられた気がした。会いたいと言ってくれたのに、触れられるのは嫌なのかって。



私は、その人の気持ち、少し分かる。話の大事なところだったら、最後まで届けたい。触れられたくないというより、そこにいる私の話も聞いて、ってなる。



うん。僕は『会いたい』の中に、触れ合うところまで入れていた。相手は、まず話せることを楽しみにしていたんだろうね。
Emiはテーブルに、コウモリの形をしたクッキーを置きました。Kaiは一枚を手に取ります。左右の羽が、少しだけ違う形をしていました。



別の日には、僕が疲れて話す元気のない時、相手から抱きついてくれた。それは嬉しかった。同じ行動でも、その日の自分が何を望んでいたかで、受け取り方が違うんだな。



私も、何も話さずに抱きしめてほしい日があるよ。毎回ずっと話を聞いてほしいわけじゃない。



いつもの相手でも、今日の気持ちは聞けるんだねぇ。



前に嬉しそうだったから、今日もこれが正解だと思っていたのかもしれない。
がっかりした時、相手の愛情まで採点していた





私、その日は『結局、家でそういうことがしたいだけなんでしょ』って言ったの。
言ってから、Liaはストローを離しました。あの時の声を思い出すと、自分が望んでいた楽しい夜とは、ずいぶん遠い響きでした。



相手は『外だと落ち着いて話せないと思った』って。もちろん、触れ合いたい気持ちもあったと思う。でも私は、自分の希望と違った瞬間に、会いたがってくれた気持ちまで疑ってた。



僕は逆に、『せっかく会えたのに』と思った。相手も、やっと会えて話せると思っていただろうに。自分の楽しみにしていたことが始まらないと、相手が台無しにしたように感じていたんだ。



その前に、伝えられた言葉はあったかな?



『今日は一緒に外でご飯を食べたくて、楽しみにしていたんだ』。それだけでもよかったかも。



『会えて嬉しい。今日は少し甘えたい気分なんだ』かな。触れたい理由を、自分の気持ちとして言えた。



そっか。相手の目的を言い当てようとするより、自分が楽しみにしていたことを見せればよかったんだね。
がっかりした気持ちは、言い換えただけでは消えません。それでも、何を楽しみにしていたかが分かれば、次に考えることは変わります。誰の愛情が足りないかを決める前に、ふたりで過ごせる夜の案が、まだ残っていました。
話を聞いたら触れていい、という取引にはしない





じゃあ、先に話を聞いて、そのあと僕の希望を聞いてもらえばよかったのかな。



その『あと』が決まっていると、私は話しながら気になっちゃうかも。もう十分聞いたでしょう、って思われないかなって。



ああ。順番を決めたつもりで、交換にしていたね。



話を聞く時間を、Kai自身はどう過ごしたい?



嬉しかったことなら、知りたいよ。どこを頑張ったのか、どんな顔で話すのか。触れ合う時間に進むまでの待ち時間にはしたくない。



私も、外に連れていってくれたら家に行く、って決めたいわけじゃない。ご飯を楽しむことを、それだけで喜べる時間にしたい。
Liaのパフェには、底の方にも小さなかぼちゃが入っていました。長いスプーンで見つけると、嬉しそうにグラスを回して見せます。Kaiも身を乗り出しました。



ほら。下にも顔がある。



上の飾りだけじゃなかったんだ。



最後のひと口まで楽しんでもらおうと思って。
目の前の楽しさに気づくと、会話は自然に少し弾みました。予定していた次の場面へ急がなくても、一緒に笑える瞬間はありました。



話を聞いたあとも、触れたい気持ちは残ると思う。それは言っていいんだよね。



うん。今、どうしたいかを伝えて、相手の今の気持ちも聞けるよぉ。



その時に望みが合えば一緒に楽しむ。合わなくても、聞いた話まで無駄だったことにはならないね。
「何でもいい」の先を、ふたりで考える





今度会う時は、ちゃんと希望を言おうかな。でも、全部相談していたら、デートの打ち合わせが会議みたいにならない?



十九時から会話、十九時半から手をつなぐ、とか?



それ、遅れたら次の議題に進むの?



ふふ。まず、一番楽しみにしていることを一つ話すくらいでいいんじゃないかなぁ。



それなら言える。『今度、新しくできたお店で一緒に食べたい。最近の話もしたいな』って。



相手は疲れていて、外食する元気はないかもしれないよ。



だったら、今夜は近くのお店にするか、出かける日を別に決めるか聞きたい。私も、おしゃれして遠くまで行くことだけが目的じゃなくて、日常と少し違う時間を一緒に楽しみたかったんだと思う。



希望の奥が分かると、別の案も出せるんだね。



うん。でも、外に出たい気持ちが強い日は、それも残すよ。毎回私が『じゃあ家でいい』って飲み込んでいたら、また寂しくなるから。



Kaiは、どんなふうに誘ってみたい?



『今週は少し疲れてるから、静かなところで一緒に過ごしたい。君は何をしたい?』かな。相手が出かけたいなら、落ち着いて座れる場所を探す案もある。僕から候補を出してみたい。
違いが分かったからこそ、自分では思いつかなかった時間が見えてきます。好きなものを持ち寄って、短い散歩のあとにお茶をする。今夜はそれぞれ休んで、週末にゆっくり会う。どちらかの案を丸ごと採用する以外にも、選べる形はありました。



もし『何でもいい』って返ってきたら、どうする?



僕なら、行きたい場所を提案する。そのうえで『疲れそうなら言ってね』って。何でもいいの裏に、必ず隠れた正解があるとは思わないようにしたいな。



自分から選んでもいいんだね。相手が全部決めてくれるまで、私も待っていたかもしれない。
違っていたふたりが、次の楽しみをつくる


Kaiのカップは空になり、Liaのパフェも、底のかぼちゃを残すだけになっていました。窓に映るふたりの帽子と耳飾りが、話すたびに小さく揺れています。



お互いに会いたいなら、あとは自然にうまくいくと思っていたよ。



私も。違うことを望んでいたら、気持ちの強さまで違うように感じてた。



でも、今日みたいに、休みたいとパフェを食べたいが一緒にできることもある。



しかも、Kaiも結構、パフェの写真を撮ってたよね。



底にも顔があるとは思わなかったから。



来る前には知らなかった楽しみ、見つかったねぇ。
いつもこうして、両方の願いがかなうわけではありません。話してみても合わない日や、繰り返し同じ寂しさが残る関係もあります。そんな時は、会い方や距離も含めて選び直せます。今日のふたりは、まず、自分の願いを一つ伝えるところから始めようとしていました。



次に会ったら、『今日、何が嬉しかった?』って聞いてみたい。私もちゃんと答える。帰り道に手をつないだのが嬉しかった、とか。



僕は、相手の話を聞いて嬉しかったら、その時に言いたい。『その話、今日聞けてよかった』って。



それなら、次に会いたいと思った時の楽しみも増えそうだね。
会いたい。その短い言葉に、何を一緒に楽しみたいのかを少し添える。違う願いが返ってきたら、そこから自分も案を出してみる。ふたりの時間は、会う前から一緒につくり始められるのかもしれません。



次は、このお店の焼きたてのパイも食べたいな。



僕は、ゆっくりお茶が飲みたい。



それ、また一緒にできそう。
Liaは最後のひと口をすくって笑いました。入口で拾ったコウモリの飾りは、Emiが元の場所へ戻しています。次に誰かが来る時には、帽子に乗らない高さになっているはずです。
次回はAileが来店します。今の気持ちが変わった時、かつて大切にしていた時間を、どう受け取ればいいのでしょう。番外編⑬『今の気持ちが変わったら、昔の愛情も嘘になる?』へ続きます。













