Rinaはカフェの入口で、小さな赤い角のカチューシャを直しました。ガラスに映る顔を確かめてから、いつもの席へ向かいます。

いらっしゃい。今日は小悪魔さんだねぇ。



見た目だけね。これをつけたら、言いたいことを全部言えるかなって思ったんだけど。



言えそう?



まず、ケーキを二個頼みたい。
Emiが笑ってメニューを開くと、Rinaも少し笑いました。
前回はAileと、触れ合えた時間に、まだ交わしていない約束まで重ねていなかったかを考えました。
今日は、近さを失うのが怖い時、自分の願いはどこへ行くのか。Rinaが話します。この対話は、日常の関係を考えるための創作です。
「どうしたい?」の前に、相手の顔を見ていた





私、好きな人と会う時、“今日はどうしたい?”って、自分に聞いてなかったかもしれない。



何を考えていたの?



相手が楽しんでいるか。がっかりしていないか。また会いたいと思ってくれるか。
Rinaはメニューの写真を見たまま、指を止めました。



会いたかったのは本当だよ。触れ合いたい日もあった。でも、疲れていて、今日はご飯を食べて帰りたいなって日もあったの。その時も、相手がもっと一緒にいたそうだと、いいよって言ってた。



帰りたい気持ちは、どうなった?



なくなったことにした。“会えるだけで嬉しいんでしょ”って、自分に言って。



会えて嬉しいのと、今日は帰って休みたいのは、一緒にあってもいいのにね。



うん。でも、そこで断ったら、次はないかもしれないって思った。
相手から誘われた瞬間、Rinaの頭に浮かんでいたのは、その時間を自分が望むかどうかより、断ったあとの相手の顔でした。
目の前の誘いに答えているようで、心の中では、まだ来ていない別れを避けようとしていたのです。
一緒にいたかった私も、怖かった私もいた





そう考えると、今までの“いいよ”が全部嘘だったみたいで、それも嫌なの。私から近づいたことだってあるし、楽しかったこともあった。



全部を、同じ気持ちだったことにしなくていいと思うよ。



あの日は私もしたかった。でも別の日は、帰りたかった。そんなふうに分けていいの?



うん。一つの日の中でも、気持ちが混ざったり、途中で変わったりすることはあるから。
Rinaは、会った日の帰り道を思い出しました。嬉しくて足取りが軽かった日もあれば、家に着いてから急に疲れが押し寄せた日もあります。
それらを全部、本当は嫌だったという話にも、好きだったのだから何も問題なかったという話にもしたくありませんでした。



あの時の私に、“なんで断らなかったの”って言いたくなってた。



その時は、それくらい失いたくなかったんだね。今分かったことを使って、次にどうしたいかを考えられたらいいと思う。



うん。過去の私を責めるために、気づいたわけじゃないものね。
Rinaは、自分の答えを一つずつ取り戻したいと思いました。
好きだった自分も、怖かった自分もいた。その両方を認めることからなら、今の願いも探せそうでした。
断ったら何が起きると、私は思っている?





断ったら次はないかもしれないって、何か、そう思う出来事があった?



一度、今日は帰るって言ったら、“せっかく会えたのに”って言われた。それで、悪いことをした気がしたの。



そのあと、どうなったの?



帰ったよ。次の約束もできた。でも、その一言を覚えていて、次に似た場面になった時、言えなくなった。
相手が残念そうだったことと、次も会えたこと。Rinaの記憶には両方ありました。でも誘いに答える時、思い出すのは、がっかりされた一瞬ばかりでした。



相手が少し残念に思うことまで、なくさなきゃいけないと思ってたのかも。



相手がもっと一緒にいたいと思うこともあるね。でも、その願いを叶えるために、Rinaが毎回予定を変えなきゃいけないわけではないよ。



残念にさせたら、もう大切にしていないことになると思ってた。
一方で、実際に断るたび責められる、何度も迫られる、帰ろうとすると止められるなら、話は違います。
その場合まで、自分の考えすぎだと引き受ける必要はありません。うまく説明して相手を納得させることより、その場を離れ、信頼できる人を頼ることを優先していいのです。



今のRinaの話では、残念そうな言葉があって、その後も会えていたんだね。次は、Rina自身はどう過ごしたい?



夕飯を一緒に食べたい。そのあと少し歩いて、早めに帰りたい。そういう日も、会いたい。
「会いたい」と「今日はここまで」を、一緒に渡す


Emiは注文した二種類のケーキを並べました。Rinaは一つずつ見て、満足そうにうなずきます。



今日は、ちゃんと二個食べたいと思って頼んだ。



うん。食べきれなかったら、その時に持ち帰りを考えようねぇ。
Rinaは笑ってフォークを取り、それから少し真面目な顔になりました。



今度会う前に、“ご飯、一緒に食べたい。翌朝早いから、九時には帰るね”って伝えてみようかな。



会いたい気持ちも、予定も入っているね。



今まで、断る言葉しか考えてなかった。“無理”“今日は駄目”って。でも、私からしたいことを誘ってもいいんだね。



そうだね。Rinaも、その日の時間をつくる一人だから。



相手が“もっと一緒にいたい”って言ったら、“私もまた会いたい。今日は九時に帰るね”でいいのかな。



うん。本当にそう思っているならね。会いたいと言えない日には、理由や別の日の約束を足さずに、今日は帰ると伝えてもいいよ。
優しい言葉を添えなければ、断れないわけではありません。
Rinaが練習したかったのは、自分が本当に持っている二つの願いを、片方も消さずに話すことでした。相手と会いたい。そして、自分の生活も大切にしたい。その両方がある日の言葉です。



断った埋め合わせに、次は必ず応じるって約束もしなくていいよね。次は次の私が、どうしたいか考える。



うん。今日の答えで、次の答えまで決めなくていいね。
断って試すのではなく、望む時間を提案する





じゃあ、断っても会ってくれるか試せば、本気か分かる?
言ってから、Rinaは自分で首をかしげました。



あ、また相手の気持ちを採点しようとしてる。



Rinaは、試すために断りたいの?



違う。自分が望んだ過ごし方で、一緒に楽しめるか話したいの。
わざと断って相手の愛情を測ることと、今日は望んでいないから断ることは違います。
Rinaは合格してほしい反応を先に用意する代わりに、自分の希望を出し、相手が何を望むのかも聞いてみようと思いました。



相手が“その日は時間が合わない”と言うかもしれないし、“それなら別の日にしよう”と言うかもしれない。私が誘った夕飯には来たくないこともあるよね。



あるね。予定や望みが合わない時、別の案を一緒に考えられるかも、関わってみて分かることだね。



一回の返事で全部は決めない。でも、私の希望を毎回押し戻されるなら、それはちゃんと受け取る。



うん。Rinaだけが合わせ続けて成立していた関係なら、変えようとする時に違いが見えることもあるから。
願いを話せば、必ず相手が近づいてくれるとは限りません。望む関係が違うと分かることもあります。
その可能性が怖くても、自分を消したまま関係を続けたいのか。それとも、自分の願いもある関係をつくりたいのか。Rinaは、そこで初めて自分の選択を考えました。



私も選びたい。相手に選ばれ続けるための答えだけじゃなくて。
失いたくない気持ちを持ったまま、一歩出す


Rinaはスマートフォンのメモを開きました。
“今度、一緒に夕飯を食べたい。あのお店が気になってる。”
そのあとに、帰りたい時間を書き足します。言葉を並べてみると、相手を拒絶する手紙には見えませんでした。自分が望む時間への誘いでした。



これを言っても嫌われないって、まだ確信はないよ。



うん。それでも、伝えたいと思ったんだね。



思った。いつか不安がなくなったら話そう、だと、ずっと相手の顔を見て答えちゃいそうだから。
Rinaが目指すのは、失うことを何とも思わない自分になることではありません。
大切だから怖い。その気持ちを持ちながらも、今日の自分が望む時間を一つ提案する。相手の答えを受け取り、次の選択を考える。そこから、自分も参加する関係を始めたいと思ったのです。



今日のRinaは、角がなくても言葉を持っているねぇ。



でも、これはつけて帰る。気に入ってるから。
Rinaは赤い角を直しました。そして、少し残ったケーキを見ます。



こっちは、お持ち帰りにしてもいい?



もちろん。



二個食べたいって言った私と、残りは家で楽しみたい私がいる。
笑いながら、Rinaは箱を受け取りました。
もしあなたも、断ったあとの相手の顔ばかり浮かぶなら、その前に一度、自分へ聞いてみてください。
“相手をがっかりさせない答えは何?”ではなく、“今日、私はどう過ごしたい?”と。
その願いを、できる形で一つ話すところから始められます。相手を大切にしたいあなたも、そこで暮らし、感じ、選んでいる一人です。
次回は、えむくんが来店します。
「寂しさを埋めたい僕は、相手に何を約束できる?」
求める側の本音と、相手へ渡せるものを見つめていきます。













