Liaが席に着くと、帽子についた星が、窓際の飾りに引っかかりました。
立ち上がろうとすると、かぼちゃのガーランドまでついてきます。
Lia(りあ)待って。私、このお店を連れて帰ろうとしてる。



お持ち帰りは、お菓子だけにしてねぇ。
星を外してもらったLiaは、小さな魔女帽子を隣の椅子へ置きました。秋色のリボンが、まだ少し揺れています。
前回はKaiと、触れたい気持ちを持つ自分について話しました。今日は、求められることを嬉しく感じながら、その同じ近さの中で寂しくなったLiaの話です。
この対話は、日常の関係を考えるための創作です。
嬉しかった私まで、間違いにしたくない





身体を求められて嬉しいって、言いにくいね。



どんなところが?



ちゃんと大切にされたいなら、簡単に喜んじゃ駄目、みたいな。私、好きな人に抱きしめられるのも、自分から近づくのも好きなの。でも、あとで寂しくなると、“喜んだ私がいけなかったのかな”って。
Emiは紅茶を置き、ミルクの小さな器をLiaの手元へ寄せました。Liaは注がずに、その白い表面を眺めています。



前に、ふたりで歩いて帰った日があってね。くだらない話をずっとして、どっちからともなく手をつないで。もっと近くにいたいなって思った。あの日は、帰ってからも嬉しかったんだ。



その嬉しさは、今思い出してもある?



ある。でも、そのあと別の日に会った時は、帰り道で泣きそうだった。同じ人と、同じように触れ合ったのに。



その二日で、何が違ったんだろう。
Liaは、嬉しかった日まで取り消さなくていいのかもしれないと思いました。
寂しい日があったからといって、前に感じた喜びが、間違いや勘違いになるとは限りません。まず二つの日を、別々に思い出してみることにしました。
身体は近かった。でも、話は途中だった





寂しかった日は、会う前に仕事で嫌なことがあったの。それを話し始めたら、“考えすぎだよ、こっちおいで”って。



その時は、どう思った?



抱きしめてくれたのは嬉しかった。ほっとしたのも本当。でも、話の続きはなくなっちゃった。
Liaはスプーンを持ち、まだ何も入れていない紅茶を一度だけ混ぜました。



私もそのまま甘えたし、触れ合いたかった。嫌だったのに無理して、という話ではないんだ。でも帰る頃になって、あれ、私、今日何を話しに来たんだっけって。



近くにいられた嬉しさと、聞いてもらえなかった寂しさが、両方残ったんだね。



うん。なのに、ひとまとめにして“身体しか見てくれなかった”って思った。そう言えば、寂しさに説明がつく気がして。



相手が何を考えていたかは、まだ分からないね。ただ、話が途中になったことは、Liaが覚えている出来事だね。



慰めようとしてくれたのかもしれない。でも、それなら寂しくないはず、にもならないよね。



ならないよ。相手の意図を考えることと、Liaに何が残ったかを聞くことは、両方できるから。
触れ合いがなかったら寂しくならなかった、とも言い切れません。
あの日のLiaには、近くにいたい気持ちと、話を最後まで聞いてほしい気持ちがありました。一つが満たされたことで、もう一つまで満たされたことにはならなかったのです。
同じように笑っていても、今日の私は違う





私、相手から見たら分かりにくいよね。前は喜んだのに、今回は寂しかったなんて。



前と同じ気持ちでいなきゃいけないのかな。



いけないわけじゃない。でも、自分でも、何が欲しいのか分からなくて。抱きしめてくれなかったら、それはそれで寂しかったと思う。
Liaは、言いながら少し困った顔をしました。どちらを選んでも不満になる人のように、自分が思えたのです。



抱きしめてほしいのと、話も聞いてほしいのは、一緒にあっていいと思うよぉ。どんなふうに過ごせたら嬉しかった?



……くっついて、話の続きをしたかった。それだけだったのかもしれない。
Liaはようやくミルクを注ぎました。紅茶の中で、白い筋がゆっくりほどけていきます。



触れてほしいか、触れてほしくないか。その二択で答えようとするから、自分が矛盾して見えたんだ。



その日にほしい近さには、もう少し細かい形があったんだね。



そう。今日は手をつないで歩きたい、とか。今日は抱きしめられながら、何も考えずに休みたい、とか。もっと触れ合いたい日もあるし。毎回、同じ続きにならなくてもいいんだね。
一度嬉しかった触れ方が、次も同じように嬉しいとは限りません。昨日の自分を裏切ったことにもなりません。
Liaは自分の気分を正しく固定するより、今日の望みに気づけるようになりたいと思いました。
「いいよ」の中に、まだ言っていない願いがあった





でも、私が何も言わなかったせいだ、って話になるのもちょっと苦しい。全部説明しなきゃ、大事にしてもらえないのかな。



全部説明する責任を、Lia一人が持つ話にはしたくないね。相手にも、聞いたり、様子を見たりできることがあるから。
Emiはそこで言葉を止め、Liaがカップを置くのを待ちました。



それでも、今Liaが分かったことを、一つ渡すことはできそう?



“抱きしめてくれたのは嬉しかった。でも、あの話も聞いてほしかった”なら言えるかな。



うん。嬉しかったことも、残っている願いも伝わるね。



今まで、“嬉しかった”って言うと、全部よかったことにされそうで言えなかった。寂しさを分かってもらうために、嬉しかったところを隠してたかも。
気持ちを分かってほしくて、気持ちの一部を消してしまう。
Liaはその不思議さに気づきました。自分で残した一色だけを見て、相手が違う反応をすれば、また分かってもらえないと感じていたのかもしれません。



喜んだあとでも、足りなかったことを話していいんだね。



話していいよ。それに、途中で気持ちが変わった時も、その時点で止めたり、変えたいと言っていい。



後から責める材料を集めるより、その場で一緒に変えられたら嬉しいな。“もう少し、このまま話していたい”って。
話を聞いてもらうことを、交換条件にしない


かぼちゃのプリンの上には、白いおばけのメレンゲが乗っていました。Liaは顔を近づけ、何かを確かめています。



この子、私より何も考えてなさそう。



お皿から落ちないように、必死かもしれないよぉ。
Liaは笑い、おばけをスプーンでそっと横へ移しました。



“先に話を聞いてくれたら、そのあと応じる”だと、何か違うね。



Liaがしたいのは、どんなこと?



順番を守ってもらう取引じゃない。一緒に過ごす時間を、私も選びたい。話を聞いてもらえたから、その先まで約束するわけでもないし。



相手も、話を聞くためにずっと余裕を持っていられるとは限らないしね。今日は疲れている、と聞けたら、そこから考えられることもあると思う。



そっか。私も、“聞いてほしいんだけど、今どう?”って聞けるね。あとにするなら、いつなら話せそうか相談したい。
自分が気持ちを伝えれば、相手がいつでも望みどおりに応えられるわけではありません。
それでも、何も話さずに相手の動きへ合わせ続ける時とは違います。ふたりが望みや都合を出し合えば、今日はどう過ごすかを一緒に考える余地ができます。



それで、何度話しても“面倒くさい”で終わっちゃうなら?



その時は、Liaの言い方だけを直し続けなくていいと思う。自分の話を受け取ろうとしてくれる関係なのかも、見ていい。
伝える工夫は、自分がどこまでも我慢できるようになるためのものではありません。
相手がどう応じたかも受け取り、その人とどんな時間をつくっていけそうか、自分にも選ぶ余地を残す。そのことを、Liaは覚えておこうと思いました。
嬉しい私も、寂しい私も、ここにいていい





今日、身体を求められて喜ぶのはよくないって、言われるかと思ってた。



その嬉しさまで、ここに置いていかなくていいよぉ。



うん。自分から触れたい日も、ちゃんと大事にしたい。寂しくなった時も、“喜んだくせに”って自分を責めないで。
Liaは隣の椅子から帽子を持ち上げました。星の飾りが、今度は何にも引っかからずに揺れます。



あの日に戻れるなら、“嬉しい。このまま、さっきの話の続きもしていい?”って言ってみたいな。



次に似た気持ちになった時、自分で気づけるかもしれないね。
同じような寂しさがあるなら、触れ合いを全部よかったことにも、全部嫌だったことにもしなくて構いません。
嬉しかった瞬間はどこだったのか。言いそびれた願いは何だったのか。一つずつ思い出すうちに、次に渡したい言葉が見つかることもあります。
Liaが持ち帰るのは、求められ方の正解ではありません。
自分も触れ合いを望んでいい。そのうえで、話したいことや、その日の気分も置き去りにしなくていい。そんな、自分から関係に参加するための言葉です。



Emi、写真撮ってもらってもいい? 今日はこの帽子、気に入ってるの。



もちろん。お店ごと連れて帰る前に、記念撮影しようねぇ。
Liaはガーランドから半歩離れて、笑いました。
次回はAileが来店します。
「身体の関係があることは、何の証明になる?」
触れ合えた事実から、私たちは何を読み取ろうとしているのでしょう。近さに重ねた意味を、もう少し見つめていきます。













