かぼちゃのランタンの明かりが、窓に二つ映っていました。
えむくんのマントは椅子の背に掛かり、皿の上には、おばけのクッキーが一枚残っています。
「心が離れてきても、触れ合う時間は続いていた」
前回の最後に口にした言葉を、えむくんはまだ、自分の中で確かめているようでした。
この会話は、関係の中で起こるすれ違いを考えるための創作です。

紅茶、少し温かいのを足そうか。



ありがとう。さっきまで、疑われて苦しかったって話をしてたけど。僕の方にも、話さずに済ませていたことがあるんだ。
Emiはポットを置き、向かいの席に座りました。
会えた夜だけ、問題がなくなった気がした





会う前は、また責められるかなって身構えていた。でも、会って、触れ合って、近くにいると、ほっとする時間はあったんだ。



その時間には、嬉しさも残っていたんだね。



うん。求めてもらえるのも嬉しかったし、僕も触れたかった。気持ちよさもあった。だから、全部だめになっているわけじゃないって思えた。
何も感じなかったわけではありません。
むしろ、そこで感じられるものがあったからこそ、言葉にしにくい変化を、また後回しにできていました。



帰る頃には、これで少し仲直りできたかなって思ってた。でも、何が嫌だったのかも、次にどうしたいかも、話してなかったんだよね。



相手も、仲直りできたと思っていたのかな。



そこは分からない。聞いてないから。近くにいてくれたことを、僕がそう受け取ってた。
一緒に過ごして、緊張がほどけることはあります。
その安らぎは大切にできるものです。ただ、安らいだことと、すれ違っていた話にふたりで答えを出したことは、同じではありません。
言えなかったことは、その夜が終わっても残っていました。



次の日、同じ話になって、またかって思う。でも、相手からしたら、一度も話し終わっていなかったのかもしれないな。
「会いたい」の中で、減っていたもの





心が離れてきたって、どんなところで感じていた?



前は、面白いことがあると、次に会ったら話そうと思ってた。その人が何を見て、何を楽しんだかも聞きたかった。
えむくんはカップを持ち上げましたが、飲む前にまた置きました。



それが、いつからか、話を広げるのが面倒になってた。何を言っても違う意味にされそうで。余計な話はしない方がいいって。



話してみたい気持ちが、出てこなくなっていたんだねぇ。



なのに、触れ合いたい気持ちは残るんだよ。そこが、自分でもよく分からなかった。会いたいと思うんだから、まだ好きなんだろうって。
「会いたい」という同じ言葉の中に、以前は、いくつもの楽しみが入っていました。
話すこと。笑うこと。相手の一日を知ること。触れ合うこと。
そのうちの何かが減っていても、残った気持ちで会う約束はできます。約束が続いているだけでは、変わった部分が見えないことがあります。



僕の中では、一緒にしたいことが変わっていた。でも、相手には同じ「会いたい」しか伝えてなかったんだ。



その違いを、相手も知っていたかは分からないね。



うん。僕自身も、そこまで認めたくなかった。会いたい気持ちが残っている方を見て、減ったものは見ないようにしていたと思う。
身体の関係を望む気持ちと、日常を分かち合いたい気持ち。
どちらも自分の中にあったとしても、いつも同じ強さで動くとは限りません。
えむくんは、その変化に名前をつける前に、以前と同じ関係が続いていることにしていました。
疲れていた僕と、寂しくさせた僕がいる





そのうち、会っている時の接し方も変わってたと思う。相手の話に、短く返して終わらせたり。触れ合ったあとも、前みたいにゆっくり話さなくなったり。



その時、自分では気づいていた?



少しは。でも、僕だって疲れてるんだって思ってた。あれだけ疑われて、前と同じように優しくできるわけがない、って。
えむくんの声が、小さくなりました。



今そう言うと、冷たいな。



疲れていたことは、さっき聞いたよ。その疲れを抱えたまま、どう接していたかを、今は話しているんだと思う。
疲れた理由があることと、その時の接し方が相手に何も残さなかったことは、別です。
自分の苦しさを説明できても、相手が寂しかった時間までなくなるわけではありません。



「大切にされていない」って言われるたびに、また疑ってると思ってた。でも、その頃は、実際に僕の接し方も変わってたんだな。



そう感じさせる場面があったかもしれないね。相手が何に傷ついたかは、本人にも聞きたいところだけど。



最初の頃まで、全部身体のためだったと言われるのは違う。でも、後から雑に接したことまで、最初は好きだったんだからって消せないんだね。
過去の愛情を守ろうとして、今の接し方を見直せなくなる。
それでは、今起きている寂しさについて話す場所がなくなってしまいます。
昔は大切に思っていた。その時間は残せます。
そして、あの日は話を聞かずに帰った。その出来事も、取り上げられます。



僕が苦しかった話と、相手を寂しくさせた話。どっちかを認めたら、どっちかが嘘になると思ってたのかもしれない。



同じ人の中に、両方あったんだね。
相手が応じてくれたことに、預けていた答え


カウンターから、小さな笑い声が聞こえました。
Rinaが選んだお菓子の袋には、別の袋のおばけシールがくっついていました。えむくんもつられて笑い、それから、言いかけていた言葉を続けます。



でも、相手も会ってくれていたんだよ。触れ合うことも、ふたりで選んでいるつもりだった。だから、この関わり方でもいいんだって思ってた。



その日の触れ合いについてと、これからどんな関係でいたいかについて。両方、話していた?



……後の方は、話してなかった。
今日近くにいたいという気持ちがあっても、これからも同じ関係を望んでいるとは限りません。
その時間への同意があったとしても、普段のやり取りに満足しているか、将来をどう考えているかまでは、その事実だけでは分かりません。



僕は、続いているなら納得しているんだろうと思ってたんだ。でも、相手は、前みたいに戻れると思っていたかもしれない。



そうかもしれないし、その時間そのものを望んでいたかもしれない。どちらだったかを、ここで決めることはできないね。



自分に都合のいい方に、分かったことにしてたんだな。



「応じてくれたから、きっと大丈夫」と思ったところで、聞かずに置いていたことがありそうだね。
相手が拒まなかったことを、安心の根拠にしたくなることがあります。
けれど、言いにくそうにしている、迷っている、嫌だと示している。その時には、これまで応じていたことを理由に進めず、立ち止まる必要があります。
毎回の意思を確かめることも、今どんな関係を望んでいるか話すことも、過去の親しさに任せきりにはできません。



僕が一人で関係を決めたくなかったはずなのに、相手もこれでいいんだろうって、僕の中で決めてた。
正直に話したら、失うものがあった





変わってきた気持ちを話すと、何が起きそうで怖かった?



傷つけると思った。「やっぱり身体だけだったんだ」って言われるのも嫌だった。それに……もう会えなくなるかもしれない。
最後の言葉だけ、少し間が空きました。



相手を傷つけたくないって言いながら、僕が失いたくないものもあったんだね。



自分にも、続けたい理由があったんだね。



そう。触れ合う時間は好きだったし、なくなったら寂しい。その気持ちがあるから、はっきり話さない方を選んでいた部分がある。
気持ちが変わったと話すことは、自分の評価だけでなく、関係そのものを変えるかもしれません。
だから、まだ分からないと言いながら、実は分かっている部分まで隠したくなることがあります。



でも、僕だって全部は分かってなかったんだよ。まだ好きなのか、疲れているだけなのか。すぐに答えを出せる話じゃなかった。



全部の答えが出ていなくても、「前と同じ気持ちだとは言い切れなくなっている」と、分かっているところは話せるかもしれないね。



それを言ったら、相手は会わない方を選ぶかもしれない。



うん。その可能性もあるよ。今のえむくんの話を聞いて、相手も選ぶことになるから。
自分の本音を伝えることは、その条件で関係を続けてもらうための説明だけではありません。
聞いた相手が、その関係を選ばない可能性まで含んでいます。
ふたりで選びたいなら、自分が失いたくないものがあっても、相手が考えるために必要な話を渡す。その怖さが残ります。



僕が正直でいることと、相手が納得してくれることを、セットにしたかったんだな。
次に会う前に、話しておきたかったこと


えむくんは、おばけのクッキーをようやくひと口食べました。少し考える間に、紅茶も飲みます。Emiは急かさず、空いた皿を端へ寄せました。



今なら、次に会う約束をする前に、話しておきたいことがある。



どんなこと?



「触れ合いたい気持ちはある。でも、前みたいに日常のことを話したい気持ちが薄れている。それを話さないまま、同じ関係が続いているようにしていた」って。
えむくんは、そこまで言って、息を吐きました。



格好悪いね。



聞く側にも、つらい話だと思う。でも、今どんな気持ちでいるのかは、さっきより分かるよ。



それから、「話を聞かずに、短い返事で済ませたことは謝りたい」。疲れていた理由を説明する前に、それを言いたい。



具体的な場面について、話せたね。相手がどう感じていたかも聞けるといいね。



そのあと、今すぐ元に戻る約束はできないと思う。謝って、抱きしめて、それで仲直りしたことにするのは、また同じになりそうだから。
触れ合うことを、罰として取り上げるのでも、仲直りの条件にするのでもなく。
話したことをそれぞれが受け止め、今どうしたいか考える時間を持つ。会うことや触れることも、その時のふたりが改めて選べます。



一度話したくらいじゃ、分からないことも残るだろうね。



うん。それでも、分かったふりをしたまま次へ進むより、今いる場所から話せると思うよ。
もし思い当たる関係があったら、「続いていること」と「話して確かめたこと」を、一つずつ思い出してみてください。
会っている。連絡をしている。触れ合っている。
その事実から、相手も同じ未来を望んでいると、自分だけで答えを足していないでしょうか。
自分の中で変わったことがあるなら、まずは、それを一文にしてみる。相手に望む答えを出してもらう前に、相手が考えられる言葉を、自分も差し出すために。



「身体だけだった」と一言で終わらせられるのは、今も寂しいよ。でも、そう言われたくないからって、今の僕を隠していいわけじゃないんだね。



昔の気持ちも、今の変化も。それぞれの言葉で、話していきたいねぇ。
その時、Rinaがお菓子の袋を抱えて戻ってきました。空いた椅子を見て、Emiに目で尋ねます。



もう少し、ここにいてもいい? 私も、さっきの話の続きで考えたことがあるんだ。



うん。僕も、別の人がどう感じるのか聞いてみたい。
Emiは、三つ目のカップを用意しました。
次回は「『身体目的』の一言で、何を伝えようとしていた?」。
Rinaとえむくんが、それぞれの経験を持ち寄ります。疑った人にも、疑われた人にも、まだ言えていなかった言葉があるのかもしれません。










