送るまでは、送る勇気が出れば楽になれると思っていた。
けれど送ったあとには、返事を待つ時間があった。
通知は来ていない。それでも、画面を開く。
文章を読み直しては、あの一言はいらなかったかもしれないと思う。
まだ返事がないだけなのに、もう失敗したような気持ちになる。
Rinaの放課後リライト 「自分から離れたあと、もう一度話したくなったら」、全4話の第3話。
久しぶりの友人にパンの写真を送ったLiaは、Rinaとの昼休みに戻ろうとしています。このお話はフィクションです。
送れたのに、落ち着かない

テーブルに置いたスマートフォンが、一度だけ震えた。
Liaはチーズのパンを持ったまま、すぐ画面を覗いた。
届いていたのは、買い物アプリのお知らせだった。
Lia(りあ)……そっちかあ



今、すごい速さだったね



自分でもびっくりした。送ったら少し落ち着くと思ってたのに、さっきより気になってる
栗のデニッシュの写真。その下に、自分で選んだ短い文章。
送ってから、まだパンを食べ終わるほどの時間も経っていない。
それでもLiaには、何か大事な答えをずっと待っているように感じられた。



返事が来るまで、次のことができない感じ。頭だけ、ずっとあっちにいる



私は今、チーズを服に落とさないことで精いっぱい
Rinaが包み紙を持ち上げると、パンの端からチーズが一滴落ちた。
二人で笑った。Liaは一口食べた。
さっきは気づかなかった黒こしょうの香りがした。
返事がない時間に、悪い答えを書いてしまう





やっぱり、懐かしくなって、は重かったかな



そういう返事が来たの?



ううん。何も来てない。でも、何も来ないと、文章の悪いところを探しちゃう
Liaは、自分が送った文章をもう一度眺めた。
送る前には、ちゃんと自分の気持ちを書けたと思っていた。
今は同じ文章が、急に恥ずかしく見えている。
相手から新しい言葉は届いていない。それなのに、Liaの中では「きっと困らせた」という答えができかけていた。



今、分かるのは、まだ返事が来てないってことだよね



うん。私が送ったのを、まだ見てないかもしれないんだもんね
忙しいのかもしれないし、何と返そうか考えているのかもしれない。今は返す気持ちになれない可能性もある。
どれかを正解にして安心しようとしても、画面からは確かめられなかった。
Liaはメモに二行だけ書いた。
今、分かっていること:まだ返事が来ていない。
今、私が怖いこと:連絡したのを嫌がられたかもしれない。
怖いと思うことを消さずに、起きたこととは別の行へ置いてみた。



分けても、怖いのは残るね



うん。でも、嫌がられたって決まった文章にはなってないね
「さっきの、気にしないで」を送りたくなる


Liaはトーク画面に戻り、入力欄へ指を置いた。
さっき送った文章の下に、もう一通書きかける。



「急に送ってごめんね。さっきの、気にしないで」って、足そうかな



写真、見せたくなくなった?



ううん。見せたい。それに、話したいのも変わってない
気にしないで、と送れば、自分が待っていることを隠せる気がした。
本当は届いてほしい。でも、届かなかったときのために、いらないと言っておきたくなる。
Liaは入力した文章を見つめた。



今すぐ、このそわそわを終わらせたいんだと思う



そっか。伝えたいことが増えたわけじゃないんだね
訂正や、急ぎの用件ができたなら、追加で連絡することはある。
けれど今回は、送った内容に間違いはなかった。返事を急いでもらわなければ困る予定もない。
Liaが困っていたのは、答えがまだ分からない時間だった。



この一通は、今は送らない。話したいって書いた私の気持ちまで、取り消したくないから
書きかけの文章を消すと、入力欄が空になった。
相手に渡した一通は、そのまま残っている。
返事を引き出すために何かを足す代わりに、Liaはカップに残っていたコーヒーを飲んだ。
気にしない人には、ならなくていい





こういうとき、全然気にしない人になれたらいいのにな



私は、楽しみな返事なら気になるよ。今夜のごはんの相談とかでも、見ちゃう



Rinaも?



うん。お店が決まらないと、口が何を食べるか決められないし
Liaは笑った。Rinaも笑いながら、最後のパンを口へ運んだ。
返事を楽しみにしていることまで、直さなくてよかった。
大切なのは、まったく気にならなくなることではなく、気になっていても、ほかのことを一つできること。
少なくとも今日のLiaには、それくらいの目標がちょうどよさそうだった。



忘れなきゃって思うほど、忘れたか確認してたかも



じゃあ、気になるまま、食べ終わろうよ。私、帰りに文房具屋さん寄りたいんだけど、時間ある?



ある。私も付箋なくなりそうだった
返信を待つこと以外の予定が、一つできた。
壮大な気分転換でも、新しい自分になるための決意でもない。
パンを食べ終えて、必要な付箋を買う。それは、今日のLiaの暮らしだった。
スマホを置くのは、駆け引きのためじゃない


Liaはスマートフォンをバッグへしまった。
画面が見えなくなっても、すぐ気持ちが静かになったわけではない。カップを返す間にも、一度だけバッグに手を伸ばしかけた。



今、見ようとした



見たいんだね



うん。でも、お店に着くまでは歩こう。途中の花屋さん、秋の飾りになってたし
何分見なければ正解、という決まりを作ったわけではない。
必要な連絡がある日は確認していいし、気になって一度見たからといって、失敗でもない。
今日はまず、お店までの道を歩く。その短い時間だけ、画面以外へ目を向けてみることにした。



返事が来ても、わざと遅く返したほうがいいとか、考えそうになっちゃう



私は今、お店の棚から付箋を選びたい。それで後になるのはあるけど、相手を待たせるために後にするのは、疲れそう



そうだね。返せるときに、返したい言葉を返せばいいんだ
スマートフォンを置くのは、余裕がある人に見せるためではなかった。
相手を心配させたり、自分を追いかけてもらったりするためでもない。
今ここにいるRinaとの時間も、自分がしたかった買い物も、大事にしたかったからだった。
返事の速さで、今日の自分を採点しない


文房具屋の棚には、栗や葉っぱの形をした付箋が並んでいた。
Liaは栗の形を手に取って、思わず笑った。



今日も栗だ



それ、書くところ小さくない?



ほんとだ。これだと一言しか書けないね
Liaは迷った末に、いつもの四角い付箋を選んだ。
会計を待ちながら、胸のあたりに残るそわそわを感じた。返事は、まだ気になる。
それでも、さっき棚を見て笑った時間まで、なくなったわけではなかった。



返事が来たら、送ってよかったって思える気がしてた。でも、来るまで全部だめだったことにしなくてもいいのかな



Liaが自分の言葉で書いて送ったことは、もうあったことだよね
相手の返事は、これからの関わり方を考える大切な手がかりになる。
けれど、返事の早さだけで、自分に価値があるかどうかまで決まるわけではない。
ずっと返事がない場合には、やり取りを重ねるのをやめたり、期待の置き方を変えたりすることもできる。いつまでも待ち続けると、今日ここで約束する必要はなかった。
今はまだ、一通を送ったあとの昼休み。
Liaは、まだ届いていない答えで、今日の自分を採点するのをいったんやめた。
待っている私にも、今日がある


もし今、あなたも返事を待ちながら何度も画面を開いているなら、次の小さな用事を一つだけ選んでみてください。
温かいうちにお茶を飲む。
途中だった食事を食べ終える。
洗ったカップを棚へ戻す。
相手のことを忘れるための課題にせず、自分の今日に必要なことを一つ。
また気になっても、そのたびに自分を責めず、目の前の続きを選び直せばいいのです。
返事が来たら嬉しい。その気持ちを持ちながら、今ここにある時間も過ごせる。
待つことだけが、今日の自分の役目ではありません。



返事、来たら嬉しいな



うん



それと、今日のお昼も楽しかった。チーズのパン、また食べようね
二人は文房具屋を出て、午後の仕事へ向かった。
バッグにはスマートフォンと、新しい付箋。
Liaは歩きながら、午後に済ませたい用事を一つ思い出した。
まだ答えは届いていない。でも、一日はもう動いていた。
次回は最終話「前と同じに戻らなくても、また話せる|今のふたりに合う距離をつくる」。やり取りが再開したLiaが、以前と同じ頻度に戻すことだけを目指さず、今の自分の希望を伝えるお話です。











