猫のクッキーがようやく半分になった頃、Emiが紅茶のポットを持ち上げました。窓の外はすっかり暗くなり、ガラスには四人のテーブルと、かぼちゃのランプが映っています。

もう少し飲む?



うん。まだ、うまく言えていないことがある。



僕もコーヒーをもう一杯。今度はクッキーを残しておく。



狼さん、話を聞きながら全部食べてたね。
Kaiが空の皿を見て笑うと、えむくんの肩も少し緩みました。膝の上のマントを整えて、話を続けます。



さっき、心が離れていった経緯は話せた。でも、「最初は本当に好きだった」と伝えたあと、何を話せばいいんだろう。



その言葉を伝えて、えむくんはどうなれたら嬉しい?
四人は、前回の話からもう一歩先へ進もうとしていました。Rinaとえむくんは、それぞれ別の関係を振り返っています。この対話は、恋のすれ違いを考えるための創作です。
「分かってほしい」の先に、何を望んでいる?





まず、楽しかった思い出まで嘘だったと思ってほしくない。あの時、会えて嬉しかったのは本当なんだ。



それは、私も聞きたいと思う。大切にしていた時間を、私一人が勘違いしていたのかなって思うのは寂しいから。



うん。それを分かってもらえたら、少しはまた、会えるのかなって……。
えむくんは、そこで言葉を止めました。Emiはポットを置き、続きが出てくるのを待ちます。



今、二つを一緒にしたね。昔の気持ちを分かってほしいことと、今も会いたいこと。



会いたい方も本音なんだよね。だったら、そっちも聞きたい。今、会ってどんな時間を過ごしたい?



触れ合いたい気持ちは、今もある。あの時間がなくなるのは寂しい。でも、前のような恋人同士に戻れるかと言われると、約束できない。



その言い方なら、私は、戻りたい気持ちはあるけど今は自信がないのかなって聞くかもしれない。
えむくんが顔を上げました。言い切らずに置いた言葉へ、聞く人は自分の願いを重ねることがある。その違いが、目の前で見えました。
「約束できない」に、隠れていた今の本音





戻りたいけど、うまくいくか分からないのか。今は、戻りたいと思っていないのか。えむくんは、どちらに近い?



……後の方だと思う。今は、前のような恋人として付き合い直したいとは思っていない。でも、身体の関係は続けたい。
Rinaはすぐには言葉を返しませんでした。カップに落としていた視線を戻し、えむくんを見ます。



それは、私が恋人に戻りたいと思っていたら、つらい答えだな。でも、さっきとは受け取り方が変わる。



はっきり言ったら、もう会ってもらえなくなるかもしれない。だから、約束できない、くらいにしておきたかったんだと思う。



相手を傷つけたくない気持ちも、自分が失いたくない時間もあったんだね。



うん。でも、期待していいように聞こえる言い方で会い続けたら、相手は違う先を見ているかもしれない。



今、分かっていることは伝えたいね。僕が聞く側でも、戻る気持ちはないと知っていたら、選ぶことが変わると思う。



未来まで絶対に変わらないとは言えないよ。



うん。ただ、その可能性を、今の相手に待ってもらう理由にはしないで話せるかな。
えむくんは、自分のカードに書いていた「迷っている」という言葉を見ました。分からないことは残っていても、今は望んでいないと分かっていることまで、曖昧にする必要はありませんでした。
触れたい気持ちがあっても、選ばない関係がある





私も、触れ合いたい気持ちはあると思う。好きだった人なら、会って抱きしめてもらいたくなることもある。



それなら、会うことは選べる?



会いたくなるとは思う。でも、その人が恋人に戻る気持ちはないと分かっていて、身体の関係を続けたいかは、別に考えたい。私は、何でもない日に話したり、次の休みを一緒に楽しみにしたりする関係も欲しいから。



その夜にしたいことと、続けていきたい関係は、違うこともあるんだね。



うん。私が触れたいと言ったことまで、嘘にはしたくない。でも、“だったら、この付き合い方でいいよね”と決まるのは困る。
えむくんはうなずきました。相手も身体を求めていた。それを、ふたりが同じ関係を望んでいる根拠にしていた頃の自分が、少し見えてきます。



僕も触れたい。相手も触れたい。それで全部合っているとは限らないんだな。



Rinaが今話してくれたように、その時間への願いと、その先に望む関係を、それぞれ聞いてみたいね。



私なら、会ったあとにまた、いつか戻れるって期待してしまうかもしれない。今の私には、その付き合い方はつらいと思う。だから、会いたい気持ちがあっても、会わない方を選ぶことはある。



会わないと言われたら、僕への気持ちが全部なくなったと思いそうだった。でも、自分が望む関係を大事にしていることもあるんだね。
Rinaが話しているのは、自分ならどう感じるかという一つの答えです。実際の相手の願いは、その人自身の言葉で聞くことになります。
昔の愛情を、今の返事の条件にしない





もし、昔の気持ちは信じる。でも、もう会わない、と言われたら、僕は寂しいな。分かってくれたのに、どうしてって思いそう。



分かってくれたら、何が変わると思っていたんだろう。



僕を身体目的だけの人だと思わなくなれば、また近くにいてくれるのかなって。



昔、本気だったと知れたら、嬉しいよ。その思い出を大切にできる。でも、今の相手が望む関係では私は寂しいなら、会う答えは変わらないこともあると思う。
Kaiは狼耳に触れました。片方だけ前へ倒れていた耳を直しながら、言葉を選びます。



昔は大切にした。だから、今も会ってくれるはず。それでは、過去の愛情に返事を求めることになるね。



……僕が望む返事をくれないことと、昔の僕を否定されたことを、一緒にしたくないな。



うん。昔の気持ちを伝えることはできる。受け取った相手が、今何を選ぶかも聞いていきたいね。



それなら、寂しくても、伝える意味は残るんだね。会うための説明にしかならないわけじゃない。
会えなくなる寂しさまで、すぐに消えるわけではありません。それでも、自分の望む形で関係が続かなかったからといって、伝えた愛情まで無意味になるわけではない。えむくんは、カードの空いたところへ、短く書き足しました。
「大切だったことは、会う返事と引き換えにしない。」
今のふたりが望むなら、どんな関わりをつくれる?





ここまで話して、もし相手も、今は同じような関わり方を望んでいると分かったら?



その時は、そのふたりが何を大切にして過ごしたいか、話していけるね。



恋人に戻らないと決めたら、寂しいことや嫌なことを言っちゃいけない、にはしたくないな。



そうだね。身体の関係を望むと話したから、僕の都合だけで会っていいことにはならない。相手の気持ちや体調を聞いて、一緒に気持ちよく過ごしたいと思えるか。そこは僕にも聞きたい。



恋愛感情の強さが変わっても、その人への気遣いを省いていい理由にはならないよね。
えむくんは、前の話で口にした、自分の接し方を思い返しました。疲れていたことを理由に、相手への関心まで減らしていた時間がありました。



会うなら、話しかけられても流して、自分が触れたい時だけ近づくような過ごし方は変えたい。今はその気遣いもできないほど疲れているなら、触れ合うために会うこと自体、選び直す。



相手に何を望むかに加えて、自分がどう関われるかも考えたんだね。



僕が、もう一度恋人としてやっていきたいと思うなら、それも自分から言う。その場合は、会って身体を重ねれば元に戻ると期待するより、何を変えて一緒に過ごしたいかを話すと思う。



たとえば?



前に話を遮ったなら、次は最後まで聞く。会う日をいつも任せていたなら、僕から予定を提案する。一緒に笑える時間をまたつくりたいなら、そこにも自分で動く。



今の僕は、その気持ちまであるとは言えない。だから、相手に選んでもらうために“やり直したい”とは言わない。それが今、僕にできることだと思う。
やり直したい人も、違う関わりを望む人も、自分の願いを言葉にできます。その先に、相手の願いと一緒に選べる形があるかを確かめる。一度選んだあとも、気持ちが変われば、また話し直せます。
今の自分の言葉で、次の関わりを選ぶ


えむくんは、さっき書いたカードを裏返しました。Emiがお菓子の感想に使うつもりだった余白に、今度はゆっくりと言葉を並べます。



伝えるなら、こうかな。“大切に思っていた時間は、本当だった。でも、今は前のような恋人として戻りたいとは思っていない。触れ合いたい気持ちは残っている。その違いを曖昧にして、会い続けようとしていた。”
そこでペンを置き、えむくんは声で続きを確かめました。



“会うかどうかを決める前に、今あなたが望んでいることも聞きたい。僕が望む関係ではつらいなら、その答えも受け止めたい。”



つらい話だけど、何を選ぶのかは、さっきより分かる。私も、平気なふりで返事をしなくていいんだと思える。



返事を聞いたあとも、今話した通りに関わっていきたいね。



うん。寂しくなっても、相手が会わないと決めたことを責めたくない。僕も、自分の望みを隠さずに話したいんだから。



昔の気持ちを守りながら、今の気持ちも話せたね。
今夜、相手の答えが決まったわけではありません。それでもえむくんは、会う約束を先に取りつけ、気持ちの違いを後回しにする誘い方を変えようと決めていました。
もしあなたにも言いにくい変化があるなら、「今、相手と何をしたいのか」「今は何を望んでいないのか」を、一つずつ言葉にしてみてください。どちらも、相手と関係を選ぶために伝えられる、自分の気持ちです。



Emi、このカード、持って帰ってもいい?



もちろん。お菓子の感想は、また今度でいいからね。



それなら僕が。おいしかった。もう一枚食べたい。



分かりやすい本音だね。
Emiが笑って皿を差し出すと、Kaiは今度こそ、コーヒーと一緒にゆっくり味わいました。えむくんとRinaも、それぞれのカードを自分の手元へしまいます。
次回、第8話はLiaが来店します。
「身体を求められて嬉しい日、寂しくなる日」。
触れ合いたい気持ちはある。それでも、その時間のあとに残るものが違うのはなぜでしょう。今度は、Liaの感じたことから話していきます。










