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依存していると、感謝は生まれない

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依存状態とは何か

依存と聞くと、少し強い言葉に感じるかもしれない。

けれど、依存は悪ではない。

人は生まれた瞬間から依存している。

抱き上げてもらわなければ、生きていけない。

依存は、出発点だ。

問題になるのは、依存が続いていることに気づかないときだ。

自分の安心。

自分の評価。

自分の幸せ。

それらを、誰かの行動や態度に預けたままの状態。

それが依存の構造だ。

親が変われば楽になる。

上司が理解してくれれば落ち着く。

パートナーが優しければ満たされる。

その考え自体が悪いわけではない。

けれど、主語が外側にある。

人生の舵を、まだ自分で握っていない状態だ。

その段階では、感謝は生まれにくい。


他責の間は感謝が出ない

誰かのせいで苦しい。

誰かのせいでうまくいかない。

その感覚は、自然だ。

理不尽な経験も、確かにある。

けれど、主語が外にある限り、感謝は出てこない。

なぜなら、まだ「受け身」の位置にいるからだ。

受け身の状態では、出来事は評価の対象になる。

良いか、悪いか。

得か、損か。

納得できるか、できないか。

その軸で世界を見る限り、感謝は条件付きになる。

「満たされたら感謝する。」

「理解されたら感謝する。」

それは悪くない。

けれど、まだ段階の途中だ。

感謝は、評価の先にある。

出来事を自分の人生の一部として引き受けたとき、初めて芽を出す。

そこに至るには、時間がかかる。

だから、他責の段階を責めなくていい。

それもまた通過点だからだ。


自分の人生を引き受けた瞬間

ある瞬間、主語が動くことがある。

「あの人のせい」から、

「私はどう生きるか」へ。

出来事は変わらない。

過去も消えない。

けれど、人生の責任を自分に戻した瞬間、景色が変わる。

「あの出来事があったから、いまの自分がいる。」

その視点に立てたとき、感謝は自然に生まれる。

強制ではない。

義務でもない。

ただ、自分の足で立てたときに、後から追いついてくる感情だ。

自立と感謝は、セットだ。

依存の段階では、まだ見えない。

だから、いま見えなくても焦らなくていい。

あなたはいま、人生の主語を誰に置いているだろう。

親だろうか。

パートナーだろうか。

社会だろうか。

それとも、自分だろうか。

答えに正解はない。

ただ、その問いに気づいた瞬間から、段階は一つ進んでいる。

私と一緒に、もう一度だけ考えてみませんか。

いま、あなたの人生の主語は、どこにありますか。


次の記事では、不満と感謝の関係を扱います。

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