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過去に愛し合った大切な人。もう、抱いてはいけないの?

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僕には、過去に愛し合った大切な人がいる。

もう、以前と同じ関係ではない。

それでも普通に笑って話せるようになった。

何気ない一日のこと。

仕事のこと。

好きなもののこと。

ちょっとした失敗。

そんな話を、以前よりずっと穏やかにできる。

僕自身も変わったと思う。

以前より、相手のNOをNOとして聞けるようになった。

相手の反応を見て、すぐに自分の価値を決めなくなった。

近づきたい気持ちがあっても、そのまま相手を動かそうとはしなくなった。

それでも。

僕の中には、まだ一つの気持ちがある。

大切だと思う。

会いたいと思う。

そして時々、

もう一度、抱きしめたいと思う。

そんなことを思う僕は、

まだ過去に執着しているんだろうか。

関係が変わったのなら、

その気持ちまで捨てなければいけないんだろうか。

過去に愛し合った大切な人。

もう、抱いてはいけないの?

今日は、この少し言いにくい問いを、

綺麗な言葉で隠さずに考えてみたい。

Mkun(えむくん)

僕は今でも、

大切な人を抱きしめたいと思うことがある。

今日は、その気持ちを「ないこと」にしないところから始めたい。


目次

「抱きたい」と思う心まで、悪者にしなくていい

人との関係が変わった時、

行動だけではなく、感情まで変えなければならないように感じることがあります。

もう恋人ではない。

だったら会いたいと思ってはいけない。

もう以前のような関係ではない。

だったら触れたいと思ってはいけない。

一度離れた。

だったら好きだと思ってはいけない。

そんなふうに、

関係の形に合わせて心まで整えようとする。

でも僕は、

心はそんなに器用に切り替わらなくてもいいと思っている。

大切だった人を、今も大切だと思う。

会いたい。

顔を見たい。

手をつなぎたい。

抱きしめたい。

もっと身体的に近づきたいと思うことだってあるかもしれない。

それはまず、自分の内側に起きた気持ちだ。

気持ちが存在することと、

それを実行していいことは、

同じではない。

だから僕は、

行動できない気持ちは消さなければならない、

とは考えない。

Mkun(えむくん)

僕の心の中に「抱きしめたい」がある。

まずは、それだけ。

そこに善悪をつけなくていいと思ってる。

好きになることに許可はいらない。

会いたいと思うことにも許可はいらない。

触れたいと思うことにも、心の中まで誰かの許可を取る必要はない。

心は自由だから。

でも。

ここから先には、

もう一人の人間がいる。


僕が抱きたいことと、相手が抱かれたいことは別だ

この一行が、今日の記事の中心になる。

僕が抱きたいことと、

相手が抱かれたいことは、

別だ。

どれだけ過去に愛し合っていても。

何度抱き合ったことがあっても。

以前は身体的な親密さがあったとしても。

今日のYESにはならない。

過去のYESは、

今日のYESの予約券ではないからだ。

反対に、

過去にNOだったからといって、

今日も永久にNOだと決まっているわけでもない。

今日の答えは、

今日の本人が持っている。

Mkun(えむくん)

僕が「抱きたい」と思っている。

だから相手も「抱かれたいはず」。

ここをつなげた瞬間に、

僕は相手の心を僕の中で作り始める。

それはしたくない。

相手が優しいから。

よく話してくれるから。

以前より距離が近いから。

笑ってくれるから。

自分のことを気にかけてくれるから。

そんな出来事があったとしても、

そこから身体的なYESまでは作れない。

親しさは親しさ。

会話のYESは会話のYES。

相手の内心について分からないものは、分からない。

僕は、

希望を持たないのではない。

希望を事実に変換しない。

その違いを大切にしたい。


会う、抱きしめる、性的に触れ合う、恋人になる。全部別のYES

人との親密さを一つの階段のように考えると、

関係は急に苦しくなる。

連絡を取る。

会う。

手をつなぐ。

抱きしめる。

キスをする。

性的に触れ合う。

恋愛関係になる。

将来を約束する。

これらが一本の階段になっていると、

一段上がったら次へ進まなければならないように見える。

でも僕は、そうは考えない。

それぞれ別の扉でいい。

話すことにはYES。

会うことにもYES。

でも触れることにはNO。

そんな日があっていい。

会いたい。

抱きしめたい。

でも恋愛関係へ戻ることにはNO。

それも成立する。

身体的な親密さにはYESでも、

将来の約束にはまだ答えられない。

そんな組み合わせだってあり得る。

もちろん、

全部NOでもいい。

全部YESでもいい。

大切なのは、

一つのYESを使って別のYESまで推定しないことだ。

Mkun(えむくん)

僕は「会えた」という出来事を使って、

「じゃあ抱きしめてもいいよね」

とはしない。

抱きしめられたことを使って、

「じゃあもっと先もいいよね」

ともしない。

その都度、二人の今の答えで決めたい。

僕にとってこれは、

関係を細かいルールで縛るための考えではない。

むしろ逆だ。

一つのYESが全部を意味しないと分かれば、

YESを言いやすくなる。

「会ったら前の関係へ戻らなければならない」

と思わなくていい。

「抱きしめたら、その先まで応じなければならない」

と思わなくていい。

一つだけYESと言ってもいい。

途中でNOへ変えてもいい。

まだ分からないと言ってもいい。

YESを小さく使える関係ほど、

僕には自由に見える。


昔のNOを、僕の願望で期限切れにはしない

このシリーズの途中で、

僕は一度、NOを受け取る側から話した。

大切な人から、

「もう会わない」

と言われたら。

僕は、その扉を勝手には開けない。

時間が経ったから。

最近は仲良く話せているから。

以前より関係が穏やかだから。

そんな理由で、

「もういいよね」

とはしない。

それと同じことが、

身体的な親密さにも言える。

昔は愛し合っていた。

昔は抱き合っていた。

だから今も大丈夫。

にはならない。

僕が覚えている過去と、

相手が今どう感じているかは別だからだ。

Mkun(えむくん)

過去にどれだけ近かったかより、

今の相手が何を望んでいるか。

僕は、そっちを大事にしたい。

でも同時に、

昔のNOを永久契約にする必要もない。

人の答えは変わることがある。

以前は会いたくなかった。

今は会いたい。

以前は触れられたくなかった。

今は抱きしめてほしい。

そんな変化が起きる可能性まで、

過去の言葉で禁止する必要はない。

ただし、

その変化を決められるのは、

変わった本人だ。

僕ではない。


もし相手の心が変わったなら、僕には言葉で聞きたい

僕は、人間なら何でも完璧に言語化できるとは思っていない。

恥ずかしいこともある。

怖いこともある。

言葉にならない感情もある。

察してほしい日もある。

それでも。

大切な境界線が変わった時ほど、

僕は本人の言葉を大切にしたい。

以前はNOだったことが、

今はYESになった。

もしそうなら、

僕はその新しい答えを、

僕の推測ではなく、

その人自身から受け取りたい。

Mkun(えむくん)

僕が聞きたいのは、

僕に都合のいいYESじゃない。

「今のあなたは、どうしたい?」

その答えを、

あなた自身の言葉で聞きたい。

その答えは、

「会いたい」

かもしれない。

「抱きしめてほしい」

かもしれない。

もっと身体的に近づきたいというYESかもしれない。

反対に、

「話すのは楽しい。でも会うのはまだ嫌」

かもしれない。

「会いたい。でも触れられたくはない」

かもしれない。

「まだ分からない」

かもしれない。

僕が欲しい答えを言ってほしいのではない。

その人自身の今の答えを聞きたい。

ここは似ているようで、

僕にはまったく違う。


YESを言えたことではなく、自分の答えを言えたことが大切

だから僕は、

「抱いてほしいと言えるようになったら成長」

とは思わない。

それでは、

YESを言える人の方が成長しているように見えてしまう。

違う。

今もNOなら、

NOと言えることが大切だ。

会いたいけれど触れられたくないなら、

そう言えることが大切だ。

まだ決められないなら、

「分からない」

と言えることが大切だ。

そして本当にYESへ変わったなら、

過去の言葉を守るために現在のYESを隠さず、

「今はこうしたい」

と言えることが大切だ。

成長があるとすれば、

YESへ近づくことではない。

自分の現在地を、

自分で確かめて、

自分の言葉で相手へ渡せることだと僕は思う。

Mkun(えむくん)

僕が望んでいるのは、

相手が僕へYESと言える人になることじゃない。

僕にNOと言える。

YESとも言える。

分からないとも言える。

そんな関係の方が、僕は嬉しい。


僕自身も、その時の僕の答えを返したい

そして、これは相手だけの話ではない。

相手の答えが変わった時、

僕が昔と同じ答えを持っている保証もない。

以前は僕が会いたかった。

でも時間が経って、

僕の答えが変わっているかもしれない。

以前は抱きしめたかった。

でも、その時の僕は違うかもしれない。

反対に、

今も変わらず大切で、

僕も同じように会いたいと思うかもしれない。

だから、

相手がYESになった瞬間に、

昔の僕のYESが自動的に復活するわけではない。

僕にも現在がある。

Mkun(えむくん)

もし、いつかあなたの答えが変わったなら。

その時は、今のあなたの気持ちを聞きたい。

そして僕も、

その時の僕の答えを返したい。

そこに、

昔の二人へ戻る義務はない。

過去を再現する必要もない。

新しい二人として、

その時できる関係を選べばいい。

僕はそれを、

関係の復元ではなく、

関係の再選択だと思っている。


「抱きたい」を隠さない。でも、交換条件にもしない

ここで僕自身の気持ちへ戻る。

僕は、

大切な人を抱きしめたいと思うことがある。

その気持ちを、

相手へ好かれるための材料にはしたくない。

何かをしてあげたから。

支えたから。

優しくしたから。

長く大切にしてきたから。

だから身体的な親密さを返してほしい。

そういう交換にはしない。

愛情も、

支援も、

優しさも、

身体への権利には変わらないからだ。

僕がどれだけ大切に思っていても、

相手の身体は相手のものだ。

そして僕の身体も僕のものだ。

だからこそ、

二人ともYESの時に近づける。

Mkun(えむくん)

僕は「抱きたい」を、

「抱かせてほしい」に自動変換しない。

まずは僕の心として持っておく。

そこから先は、

二人の領域だから。


本当の自由は、「何でもしていい」ではない

自由という言葉は、

時々、

制限がないことのように使われる。

好きなら行けばいい。

欲しいなら手に入れればいい。

常識に縛られるな。

僕自身、

人生では常識だけを理由に可能性を閉じたくないと思っている。

自分が望む未来を描く。

そこへ向かって行動する。

観測して、違えば修正する。

時間の自由。

お金の自由。

心の自由。

僕は、そういうものをもっと増やしたい。

でも、

僕の自由が大きくなるために、

誰かの選択権を小さくする必要はない。

むしろ僕は、

自分にも相手にも選択肢がある状態の方が、

ずっと自由だと思っている。

Mkun(えむくん)

僕が自由に「好き」と思えるなら、

相手には自由に「好きじゃない」と言える場所がある。

僕が自由に「会いたい」と言えるなら、

相手には自由に「会わない」と言える場所がある。

その対称性を失いたくない。

自由とは、

自分だけがルールから解放されることではない。

相手にも、

自分を選ぶ自由がある。

選ばない自由がある。

途中で答えを変える自由がある。

条件を伝える自由がある。

NOと言う自由がある。

そして僕にも、

その答えを聞いた上で、

自分の人生を選ぶ自由がある。

僕が大人3.0で求めたいのは、

誰かを自分の理想へ従わせる力ではない。

自分の理想を持ちながら、

現実を観測し、

相手の現実も尊重し、

それでも自分の人生を小さくしない力だ。


愛することと、関係が成立することは別

誰かを愛することは、

自分の中でできる。

大切に思うこともできる。

幸せでいてほしいと思うこともできる。

会いたいと思うこともできる。

でも、

愛し合うこと。

会うこと。

触れ合うこと。

関係を作ること。

それらは一人では成立しない。

そこには、もう一人のYESがいる。

僕はこの違いを知ってから、

愛情を以前より自由に持てるようになった気がする。

相手が同じ気持ちかどうかを確認できるまで、

自分の気持ちまで保留にしなくていいからだ。

僕は好き。

でも相手の答えは分からない。

僕は会いたい。

でも相手が会いたいかは分からない。

僕は抱きしめたい。

でも相手が抱きしめられたいかは分からない。

分からないまま、

自分の気持ちだけは知っていていい。

Mkun(えむくん)

僕は、

相手のYESがないと自分のYESを持てない人にはなりたくない。

でも、

自分がYESだから相手もYESだと思う人にもなりたくない。

その真ん中にいたい。


二人のYESが重なった時だけ、開く扉

もし、いつか。

僕が大切な人に、

「会いたい」

と思っている。

相手も、

「会いたい」

と言った。

そこで初めて、

会うという扉を二人で開けられる。

その日。

僕が、

「抱きしめたい」

と思った。

相手も、

「抱きしめてほしい」

と思った。

そこで初めて、

その扉も二人で開けられる。

もっと先へ進みたい気持ちが生まれたとしても、

同じだ。

その都度、

今の二人で決めればいい。

そして途中で、

「やっぱりここまで」

になってもいい。

一度YESと言ったから、

最後までYESでいる義務はない。

その瞬間の答えを、

何度でも更新できる。

僕は、

そんな関係なら怖くないと思う。

Mkun(えむくん)

YESを言ったら最後じゃない。

NOを言ったら永久でもない。

今の答えを言って、

変わったらまた伝える。

僕は、それくらい動ける関係でいたい。


昔の二人へ戻るのではなく、今の二人で選ぶ

この7日間、

ずっと一つのことを考えてきた。

一度決めた答えを変えていい。

あの時のNOを間違いにしなくていい。

今のYESも隠さなくていい。

相手が動かない理由を、勝手に決めなくていい。

気持ちが変わったなら、

「今は違う」

と伝えていい。

そして最後に、

僕自身の気持ちへ戻ってきた。

僕には、

大切な人を抱きしめたいと思う心がある。

僕はもう、

その気持ちを「持ってはいけないもの」にはしない。

でも、

相手のYESも作らない。

過去の親密さを、

現在の許可証にも使わない。

昔のNOを、

永久契約にもしない。

ただ、

今の僕はこう思っている。

そこまでを僕の責任として持つ。

相手の今は、

相手に返す。

Mkun(えむくん)

僕は、会いたい。

僕は、抱きしめたいと思うこともある。

大切だと思ってる。

それは僕のYESとして、僕が持っていていい。

でも、

あなたのYESは僕には作れない。

だから、

もしあなたの心が変わったなら、

僕は今のあなたの気持ちを、

あなた自身の言葉で聞きたい。

NOでもいい。

YESでもいい。

まだ分からなくてもいい。

そして僕も、

その時の僕の答えを返したい。

過去に愛し合った大切な人。

もう、抱いてはいけないの?

僕の答えは、

少し違う。

「抱いていいか」を、

過去だけでは決められない。

僕の気持ちだけでも決められない。

相手の過去の答えだけでも決められない。

決めるのは、

今の二人だ。

僕が抱きたい。

相手も抱かれたい。

その二つのYESが、

今、同じ場所で重なっているなら。

その時に初めて、

二人でその扉を開けばいい。

重ならないなら、

開けない。

まだ分からないなら、

急がない。

そして答えが変わったら、

また話せばいい。

それだけのことなのかもしれない。

気持ちは隠さない。

相手のYESは作らない。

過去のNOも永久契約にはしない。

変わったなら、

変わった本人が言葉にする。

そして二人が、

今の答えを選ぶ。

僕は、

過去と同じ関係が欲しいわけじゃない。

昔の二人を再現したいわけでもない。

僕が欲しいのは、

今の僕がYESと言えて、

今のあなたも自由にYESとNOを言える関係だ。

昨日の答えではなく、

今日の二人で選べる関係。

その先に、

会う未来があるかもしれない。

抱きしめ合う未来があるかもしれない。

何も変わらない未来だってある。

僕には、まだ分からない。

でも分からない未来を、

僕に都合のいい物語で埋めなくていい。

僕は僕の理想を持って、

僕の人生を進む。

あなたには、

あなたの人生がある。

そして、

もし二人の未来がもう一度どこかで重なるなら。

その時は、

昔の続きを始めるんじゃない。

今の二人で、

新しい続きを選びたい。

心は自由。

行動は選択。

関係は合意。

結果は責任。

僕は、

自分のYESを隠さず、

あなたのYESも奪わない。

そんな自由の中で、

大切な人を大切にしていたい。

えむくん
Person
Mkun編集室 室長

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