誰かに傷つけられた時、
「もう優しくするのはやめよう」
そう思うことがあります。
信じたから傷ついた。
大切にしたから苦しくなった。
だったら次からは、
期待しない。
近づかない。
何も渡さない。
その方が、自分を守れるような気がする。
でも、本当にそれしか方法はないのでしょうか。
Rina(りな)分かるよ。
優しくしたのに傷ついたら、
「もう知らない」
って言いたくなるもん。
次はこっちが冷たくしてやろうって思う日だってあるよ。



うん。
傷ついた直後なら、そう思うのも自然だと思う。
でも今日は、
「自分を守ること」と「冷たい人になること」は、本当に同じなのか。
そこを一緒に考えてみよう。
傷ついた時、人は自分を守ろうとする



心が傷つくと、同じ痛みをもう一度受けないために、防御したくなる。
距離を取ったり、期待を下げたり、関わる量を減らしたりする。
それ自体は、自分を守るための自然な反応だと思う。



熱いものを触って火傷したら、次は慎重になるのと少し似てるね。
「もう触らない」ってなるのも分かる。



でも、人間関係だと難しいんだよね。
「もう傷つきたくない」
が、
「もう誰にも優しくしない」
になっちゃうことがあるから。
傷つきから身を守ることは必要です。
でも、
傷つけた相手と同じような行動を自分も選ぶ必要まではありません。
無視されたから、無視する。
冷たくされたから、冷たくする。
大切にされなかったから、次は自分も大切にしない。
そうやって自分を守ろうとすると、
いつの間にか、自分が大切にしていたものまで失ってしまうことがあります。



相手に傷つけられたからって、自分まで自分の嫌いな人になる必要はないよ。
冷たくなることと、自分を守ることは違う



でもさ、優しくいたらまた傷つくんじゃない?
そこはどうするの?



優しくいることと、何でも受け入れることを分ければいいんだと思う。



例えば、
「それはできません」
と言うこと。
距離を取ること。
頼まれたことを断ること。
自分が苦しくなる関係から離れること。
これらは、冷たさとは限らない。
境界線は、
相手を罰するための壁ではありません。
自分が穏やかに人を大切にできる範囲を守るための線です。



そっか。
「嫌いだから断る」
じゃなくて、
「これを続けると、私があなたを嫌いになっちゃうから断る」
っていうこともあるんだ。



そう。
離れることが、一番優しい選択になる時だってある。
自分にも、相手にもね。
優しさを選び直すには、勇気がいる
傷ついたあとでも優しくいる。
そう聞くと、
我慢することのように感じるかもしれません。
でも、本当に必要なのは我慢ではありません。
自分で選ぶ勇気です。



相手が優しいから、自分も優しくする。
相手が冷たいから、自分も冷たくする。
それだと、自分の行動を決めているのは相手になる。



だから、一回自分に返してみるんだ。
「相手がどうするかとは別に、自分はどんな人でいたい?」
って。



それ、結構勇気いるよ。
だって、優しくして返ってこなかったら、ちょっと恥ずかしいし。
損した気分になることもあるし。



うん。
だから強さがいる。
でも、
「返してもらえるから優しくする」
じゃなくて、
「自分が優しくありたいから優しくする」
まで行けたら、少し自由になれると思う。
優しさを、自分の意思で選ぶ。
それは、相手の反応に自分の人格を預けないということでもあります。
NOを言っても、温かい人でいられる



優しい人って、断るのが苦手な人も多いよね。
「断ったら冷たいかな」
って考えちゃう。



でも、NOと敵意は別だよ。
「できない」は、必ずしも「あなたが嫌い」という意味ではない。



例えば、
「それはできないけど、応援してるよ」
でもいいんだよね。



そう。
できないことは断る。
でも、相手を傷つける必要まではない。
ここが大事だと思う。
人を大切にすることは、
何でも引き受けることではありません。
時間。
労力。
お金。
感情。
自分の人生には限りがあります。
全部差し出さなくても、温かい人ではいられます。



むしろ、自分に余裕が残ってる方が、優しさって長持ちするよね。



うん。
無理して優しくするんじゃなくて、
優しくいられる量を、自分で決めればいい。
相手の反応に、自分の人格を決めさせない
人に優しくしたのに、返事がなかった。
大切にしたのに、大切にされなかった。
信じたのに、傷ついた。
そんな経験をすると、
「もう人なんて信じない」
と言いたくなることがあります。



でも、それってちょっと悔しいかも。
傷つけてきた人のせいで、自分まで変わっちゃうってことでしょ?



そう考えることもできるね。
相手の行動によって、
自分が大切にしていた価値観まで手放してしまう必要はない。



相手がどうだったか。
それはちゃんと見る。
嫌だったことまで「しょうがない」で済ませなくていい。
でも、そのあと自分がどう生きるかは、自分で決める。
そこだけは渡さなくていいんだ。
傷ついたことを、なかったことにしなくていい。
怒ってもいい。
悲しくてもいい。
距離を取ってもいい。
それでも、
傷ついたから傷つけ返す人にはならない。
冷たくされたから、自分まで冷たい人にはならない。
それは、弱さではありません。
自分の心を自分で選ぶ強さです。
強い人は、何も感じない人じゃない



強い人ってさ。
何をされても平気な人じゃないんだね。



僕は違うと思う。
傷つく時は傷つく。
寂しい時は寂しい。
「それ嫌だった」って言っていい。
それでも、自分が次にどうするかを選べる人。
そういう人を、僕は強いと思う。



泣いててもいいんだ。



もちろん。
泣きながらでも、自分で一歩を選べるからね。



強さは、感情を消す能力ではなくて、
感情があっても、自分の価値観へ戻ってこられる力なのかもしれない。
優しくいるためには、勇気が必要です。
傷つく可能性があると知りながら、
それでも自分の温かさを捨てない勇気。
同時に、
自分を失うほど差し出さない勇気。
その二つがあって初めて、
優しさは長く続いていきます。
今日のKaiストレッチ



今日は、最近ちょっと嫌だったことを一つ思い出してみよう。
そして、
「相手がどうだったか」
の次に、
「じゃあ、自分はどんな人でいたい?」
って考えてみて。
許さなくていい。
近づかなくてもいい。
断ってもいい。
でも、
相手への反応だけで、自分の行動を決めなくていい。
自分が好きでいられる方を、一つ選んでみよう。
それで十分。
一歩ずつ行こう。
第1話をまだ読んでいない方へ
この「Kaiのストレッチ」は、
優しさ・強さ・使命をめぐる三部作です。
第1話では、
「みんなを幸せにはできない。でも、幸せな気持ちに働きかけることはできる」
というところから始まりました。
人を救わなくてもいい。
人生を背負わなくてもいい。
それでも、
誰かが少し自分を好きになれる言葉を置いていくことはできる。
今回の第2話は、その優しさを持ち続けるための「強さ」の話です。
まだ第1話を読んでいない方は、
第1話「みんなを幸せにはできない。でも、幸せな気持ちに働きかけることはできる」
から読んでみてください。


次回予告|幸せを置いたら、自分の人生へ戻ろう



次は「使命」の話をしよう。
誰かに優しくしたあと、
返事を待ち続けなくてもいい。
感謝を回収しなくてもいい。
相手が変わるところまで見届けなくてもいい。
小さな幸せを置いたら、自分の人生へ戻る。
そんな優しさの続け方を考えてみよう。



優しくするのに、見返りはいらない。
でも、自分を全部あげなくてもいいんだね。



その人の今日がちょっと明るくなったら嬉しい。
そして、自分の今日もちゃんと生きる。
いい距離かも。



相手の幸福を所有しないこと。
それも、人の自由を大切にする一つの形だと思う。
次回、Kaiのストレッチ 第3話。
「幸せを置いたら、自分の人生へ戻ろう。優しさは、反応を回収しなくていい」
へ続きます。



