MENU

感謝は“気づいた瞬間”に生まれる

目次

当たり前になっていた支え

感謝は、努力して作るものではない。

無理にひねり出すものでもない。

それは、ある瞬間に、ふっと立ち上がる。

気づいたときだ。

自分が、支えられていたと分かった瞬間。

それまで「普通」だったものが、普通ではなかったと分かった瞬間。

人は初めて、静かに感謝を知る。

毎日ある食事。

いつでも帰れる家。

文句を言いながらも、そばにいる家族。

頼めば応じてくれる人。

それらは、長く続くと「背景」になる。

背景は、意識にのぼらない。

見えていないのではない。

前提になっているだけだ。

そして前提は、失われるまで揺らがない。


失ってから気づく心理

なぜ人は、失ってから気づくのだろう。

それは、脳が「安定」を優先するからだ。

変化よりも、継続を好む。

あるものは、ある限り、確認しない。

あることが当然だと、心は省エネを始める。

それは冷たいわけではない。

仕組みだ。

ところが、その前提が揺らいだとき。

病気。

距離。

時間。

別れ。

その瞬間、背景だったものが前景に出てくる。

あれは、支えだったのだと分かる。

自分ひとりではなかったのだと分かる。

そこで初めて、感謝は発生する。

後悔からではない。

再認識からだ。

感謝は、時間の中で意味が更新された瞬間に生まれる。


再認識の力

再認識とは、過去の再解釈だ。

同じ出来事でも、立つ位置が変わると意味が変わる。

若い頃は制限に見えたもの。

いまは保護だったと分かることがある。

反発だった感情が、成長の証だったと分かることがある。

未熟だと思っていた自分が、必死だったと分かることがある。

意味は、時間が育てる。

そして意味が変わった瞬間、感謝は自然に立ち上がる。

そこに努力はいらない。

義務もいらない。

ただ、気づくだけだ。

あなたが当たり前にしているものは何だろう。

毎日会える人かもしれない。

健康かもしれない。

挑戦できる環境かもしれない。

その前提が揺らいだとき、あなたは何に気づくだろう。

いま、失わなくても気づけるなら。

それは成熟だ。

感謝は道徳ではない。

人生の再認識だ。

与えられていたと分かった瞬間。

人は初めて、静かに、ありがとうと言える。

そのときのありがとうは、軽い。

自由だ。

あなたの背景にあるものを、いま一度、見渡してみてほしい。

そこに、すでに芽生えている感情があるかもしれない。


次の記事では循環を扱います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次