連絡が来なくなって、少しほっとした。
それなのに、何でもない出来事を見つけたとき、いちばんに思い浮かぶのは、その人だった。
自分から距離を置いたのに、寂しい。
今さら話したいなんて、勝手なのだろうか。
Rinaの放課後リライト、新シリーズ「自分から離れたあと、もう一度話したくなったら」。全4話の第1話は、まだ誰にも送らない気持ちから始まります。
このお話は、日常の人間関係を題材にしたフィクションです。
このパン、あの人が好きそう

昼休みのベーカリーは、焼けたバターの香りでいっぱいだった。
窓際の小さなテーブルに、LiaとRinaが向かい合って座る。
トレーの上には、温めてもらったサンドイッチ。それから、二人で半分にするつもりで買った栗のデニッシュがあった。
Liaはスマートフォンのカメラを開き、デニッシュを一枚撮った。送り先を探しかけて、指を止める。
Rina(りな)ねえ、これ半分って難しくない? 栗がちょうど真ん中にいる



……あ、ほんとだ。栗はRinaが食べていいよ



えー、一緒に買ったんだから、一緒に悩もうよ
二人で笑ってから、Rinaがプラスチックのナイフを入れた。栗はきれいには割れず、片方が少し大きくなった。
Liaは小さいほうを受け取って、伏せたスマートフォンにもう一度目を向けた。



これ、好きそうだなって思った人がいて。写真、送りそうになっちゃった



送らないことにしたの?



うん。その人とは、私から少し離れたから
離れて楽になったのも、本当だった


その友人とは、仕事帰りの出来事や、気になるお店の写真を送り合っていた。
けれど、Liaが忙しい時期にもやり取りは続いた。返信を書く途中で眠ってしまい、翌朝、返せていないことを気にする日が増えた。
相手に急かされたわけではない。それでもLiaは、会話を終わらせると悪い気がして、自分が疲れていることを言えずにいた。
ある日、しばらく余裕がないと伝えた。それから連絡は減り、Liaは静かな夜を取り戻した。



連絡が減ったとき、助かったって思ったんだ。夜、自分のことができて。返信しなきゃって考えなくてよくなって



うん



なのに、今は写真を送りたくなる。あのとき離れなければよかったのかなって



そのときのLia、休みたかったんでしょ? 今日パンを見せたくなったからって、あのときの疲れがなくなるわけじゃないと思う
Liaは、サンドイッチの包み紙を少しだけ広げた。
離れて楽になったこと。
一緒に笑えた時間が恋しいこと。
片方を本当だと認めるために、もう片方を嘘にする必要はなかった。今の寂しさだけで、過去の選択をすべて間違いにしなくてもいい。
寂しいと言ったら、戻らなくちゃいけない?





寂しいって認めたら、また前みたいに仲良くしなきゃいけない気がする。でも、毎晩ずっとやり取りするのは、今もちょっと難しい



今日、この写真を見せたいのと、毎晩話したいのは、別じゃない?



……そっか。私、写真一枚から、前の生活に全部戻るところまで考えてた
また話したいと思うと、以前の関係を丸ごと引き受け直すように感じることがある。
でも、気持ちに名前をつけることと、次の行動を決めることは別にできる。
寂しいと認めても、今日連絡しなくていい。
一度話したいと思っても、以前と同じ頻度を約束する必要はない。
関わり直すなら、相手の希望も確かめながら、今の二人に合う形を探すことになる。自分だけで前の関係へ戻せるわけでも、戻さなければならないわけでもない。



私はまだ、どうしたいか、ちゃんと決まってないんだね



だったら、お昼ごはんの間に決めなくてもいいんじゃない? とりあえず、パン冷めちゃうよ
Liaはサンドイッチを一口かじった。焼いた端が、かすかに音を立てた。
結論が出なくても、お昼ごはんはおいしかった。
恋しいのは、その人? あの時間?





ただ、誰かに構ってほしいだけだったら、相手に失礼かな



誰かと話したい日もあるよ。そこから、どうしてその人が浮かんだのか、ゆっくり考えてもいいと思う
寂しさの中には、いくつかの願いが混ざっているかもしれない。
今日の出来事を誰かに聞いてほしい。
あの人の、少し変わった感想を聞きたい。
気まずいままでいることが気になる。
以前のように大切に思われていると確かめたい。
どれか一つを選んで、ほかを追い出すための問いではない。自分が求めているものを知れば、相手に何をお願いしようとしているのかも、少し見えやすくなる。



この人ね、お菓子の感想が面白いの。おいしいじゃなくて、秋の運動会みたいな味とか言うんだよ



何それ。この栗のパンだったら、何て言うんだろう



そう。それが聞きたかったのかもしれない
言ってから、Liaは少し笑った。
ただ通知がほしかっただけではなく、思い出していた具体的な声があった。
それでも、この気づきがそのまま「連絡するべき」という答えになるわけではない。相手を懐かしく思うことと、今、安心して関われるかどうかは、分けて考えていい。
相手の沈黙に、答えを入れない





向こうからも、もう連絡がないから。きっと、私とは話したくないんだろうな



それは、そう言われたの?



ううん。私が余裕ないって言ってから、連絡が減っただけ



じゃあ、今どう思ってるかは、まだ分からないね
Liaの希望を尊重しているのかもしれない。相手も忙しいのかもしれない。距離ができて、気持ちが変わった可能性もある。
今、分かっているのは連絡が減ったということまでだった。
相手は待っているはず、と期待で埋めなくていい。もう嫌われた、と諦めで埋める必要もない。
自分が寂しいことは、自分の気持ちとして認める。相手の気持ちは、まだ知らないものとして残しておく。
その二つを、同時に持っていてもよかった。



私が寂しいからって、向こうも同じとは限らない。でも、違うって決まったわけでもないんだね



うん。今、分かってるところまででいいと思う
今日は、送らない一行から


昼休みが終わるまで、あと十分。
Liaはトーク画面ではなく、自分だけのメモを開いた。



今日は、送る文章じゃなくて、自分の気持ちを書いておこうかな
Liaは三つの短い文を並べた。
離れたかった理由:夜は、自分の時間もほしかった。
今、恋しいもの:おいしいものを見つけて、一緒に笑う時間。
今も大切にしたいこと:毎日返せなくても無理をしないこと。
その下に、もう一行だけ足した。
「私は、またあの人と少し話してみたい」
誰にも見せない一行だった。だから、相手が喜ぶ言葉にも、自分を立派に見せる言葉にも直さなかった。



書けた?



うん。まだ送らない。でも、寂しくないふりをするのは、今日はやめる
もし、あなたも自分から離れた相手を思い出しているなら、同じ三つを書いてみてもいいかもしれません。答えが出ないところは、空欄のままで構いません。
なお、相手から連絡を控えてほしいと言われている場合は、その意思を尊重してください。また、脅しや繰り返される傷つけがあって離れた関係なら、寂しさを理由に戻る必要はありません。気持ちを認めることは、接触を再開する義務ではないからです。
距離を置いた自分も、もう一度話したい自分も、今日ここにいる。
そのことを知るだけの日があっていいのです。



Rina、今度はあっちのチーズのパン、半分にしようね



いいね。今度は、分けやすいやつにしよう
二人はトレーを返して、午後の街へ出た。
送っていない写真は、まだスマートフォンの中にある。
それを消さずにしまっておけたことが、今日のLiaの小さな変化だった。
次回は「今さら何て送ればいい?|謝りすぎず、相手を急かさない最初の一言」。自分の気持ちが見えたあと、相手の選ぶ余地も残しながら、言葉にすることを考えます。










