自分の仕事。
どこまでやるか。
どこまで関わるか。
最初から、その境界線がはっきりしているとは限りません。
困っている人に気づいたから手伝う。
誰もやっていないから、自分がやる。
自分がやった方が早いから、引き受ける。
そんな小さな優しさから、いつの間にか背負うものが増えていることがあります。
Lia(りあ)これ、仕事してるとあるよね。
「ここまでやっておこうかな」って。
一回くらいなら、本当にちょっとした親切なんだけど。



うん。
私が気になるのは、その「一回」が悪いということではないの。
いつの間にか、
「自分がやるところ」
に変わってしまうことがある。
そこを少し観測してみたい。
優しい人ほど、仕事の境界線が広がっていく



頼まれたわけじゃないのに、気づいちゃう人っているよね。
「あ、これ誰かやらないと困るな」
って。



気づけること自体は、とても大切な力だと思う。
ただ、その人の中に、
「困らせたくない」
「期待に応えたい」
「ちゃんとやりたい」
という気持ちが強くあると、
本来は自分が背負わなくてもいいところまで、自然に手が伸びてしまうことがある。



「認められたい」とか、
「必要とされたい」
みたいな気持ちが重なることもありそう。



あると思う。
でも、理由は一つじゃない。
純粋に優しいだけかもしれない。
責任感が強いのかもしれない。
空気が悪くなるのが嫌なのかもしれない。
ただね。
理由が何であっても、
優しさによって「自分が負う範囲」が少しずつ広がっていくことはある。
そして、その変化は本人にも見えにくい。
やりすぎても、周りは案外困らない



でもさ。
ここ、ちょっと難しいよね。
本人が頑張ってくれたら、周りは助かっちゃう。



そう。
ここが、とても大事なところだと思う。
やりすぎても、
周りは案外困らない。
むしろ助かるから、止めてもくれない。



「あの人、大丈夫かな」
と思う人はいても、
仕事そのものは進んじゃうもんね。



うん。
だから、誰かが強い悪意を持っていなくても、
一人の負担だけが増えていく構造はできてしまう。
本人は、
「ちょっとやっておこう」
と思う。
周りは、
「やってくれるんだ」
と受け取る。
また本人が引き受ける。
それが繰り返されると、
いつしか周囲にとっても、
「この人がやってくれること」
になっていく。



で、本人は途中から、
「今さらやめにくい」
になる。



そう。
誰かが明確に決めたわけでもないのに、
役割だけが静かに固定されていく。
優しい人のやりすぎが止まりにくいのは、
本人だけの問題ではないのかもしれない。
やる人がいて、
助かる人がいる。
その間で大きな問題が起きないまま進んでしまうから、
境界線が消えていることに気づきにくい。
止まれなくなる理由は、人によって違う



でも、
「もうやらなくていいよ」
って言われても止まれない人もいるよね。



いるね。
そこにも、いろいろな背景があると思う。
過去に責められた経験があって、
「ちゃんとやらなきゃ」
という感覚が強く残っている人もいる。
人に迷惑をかけることが、すごく怖い人もいる。
期待を裏切りたくない人もいる。
必要とされることで、少し安心できる人もいる。



だから、
「そんなにやらなくていいじゃん」
だけでは止まれないこともあるんだ。



うん。
外から見れば、
「そこまでしなくてもいいのに」
と思えることでも、
本人の中では、それをやる理由がちゃんと存在していることがある。
だから、
やりすぎてしまう自分を責める必要はないと思う。
ただ、
「私は、なぜここまでやろうとしているんだろう」
と少し観察してみる。
それだけでも、
自分の境界線を取り戻すきっかけになる。
優しさにも境界線は必要



境界線って聞くと、
ちょっと冷たい感じがする人もいるかもしれないね。



そうだね。
でも、境界線は、
誰かを見捨てるための線ではないと思う。
「ここまでは私がやる」
「ここから先は、私が背負わなくていい」
それを確認するための線。



全部拾わないことも、
ちゃんと働くことの一部なのかも。



うん。
優しくなくなる必要はない。
気づける自分を捨てる必要もない。
ただ、
気づいたものを全部、自分の責任にしなくていい。
優しさを長く持ち続けるためにも、
境界線はあった方がいい。
線引かないと、次回からきついで🫣



これ、ほんと仕事ではあるあるだよね。
一回だけのつもりだったのに、
次も普通に回ってくるやつ。



一度やったことは、
次から「できること」として認識されやすい。
そして何度か続けば、
今度は「やる人」として認識されていく。



親切が、いつの間にか担当業務みたいになる。



だから境界線は、
今日の負担だけの話じゃない。
今日どこまで引き受けるかが、
明日の「普通」を作ることもある。



線引かないと、
次回からきついで🫣



ふふ。
でも、本当にそうだと思う。
優しさで一度越えた線が、
次からの基準になってしまうことはあるから。
それ、本当にあなたの仕事?



もし次に、
「これもやっておこうかな」
と思う瞬間があったら。
ほんの少しだけ、止まってみてほしい。
これは、本当に私がやるところ?
頼まれた仕事?
それとも、私が気づいただけ?
やらなかったら、本当に問題になる?
今回やったら、次回からも自分の役割にならない?



全部断るためじゃなくて、
一回確認するためなんだね。



うん。
答えが、
「それでもやりたい」
なら、やってもいいと思う。
大切なのは、
反射的に背負うことと、
自分で選んで手を差し伸べることを、
同じにしないこと。
周りを大切に扱える人ほど、
自分のことも同じように大切に扱ってほしい。
誰も止めてくれないなら、
自分で一度、
「ちょっと待って」
と言ってあげる。
優しさをなくすためではなく、
優しいまま、自分まで壊さないために。



今日ひとつだけ、
「これは本当に私の仕事?」
って確認してみる。
それくらいからでよさそうだね。



うん。
境界線は、
誰かを遠ざけるためだけのものじゃない。
自分と相手が、
それぞれの場所にちゃんと立つための線でもあるから。








