やる気スイッチが見つからない日に|「楽しまなきゃ」まで頑張らなくていい

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「やる気スイッチって、どこにあるんだろう」

そんなことを考える日があります。

やらなきゃいけないことは分かっている。

仕事もある。
家事もある。
連絡しなきゃいけないこともある。
途中になっている趣味や、やろうと思っていたことだってある。

頭では分かっているのに、身体が動かない。

何か楽しいことをしようと思っても、そもそも何をしたら楽しいのかが思いつかない。

そんな自分を見ていると、今度は別の言葉が浮かんできます。

「私、どうしちゃったんだろう」

「前はもっと動けたのに」

「何か始めればいいのに」

「このままじゃダメなのに」

そして、やる気が出ないことそのものよりも、やる気が出ない自分を責めることに疲れてしまう。

もし今、そんな場所にいるのなら。

今日は、無理にやる気スイッチを押さなくても大丈夫です。

もしかすると探したいのは、スイッチそのものではないのかもしれません。

Aile(エイル)

やる気がない時に「やる気を出そう」とすると、それ自体が新しい課題になることがあります。

今日は「どうすれば頑張れるか」より先に、「どうして今は動きにくいんだろう」を一緒に見てみましょう。


目次

「楽しい」が分からない日もある

元気な時なら、

「好きなことをすればいいよ」

「気分転換しよう」

「楽しいことを探そう」

そんな言葉が助けになることがあります。

でも、心がずいぶん疲れている時には、それすら難しいことがあります。

好きだったものを見ても、前ほど心が動かない。

食べたいものが浮かばない。

出かけたい場所もない。

誰かから「何したい?」と聞かれても、答えが出てこない。

そんな時に、

「ほら、楽しいこと考えようよ」

と言われると、困ってしまうことがあります。

だって、分からないから。

楽しいことを拒否しているわけでもない。

わざと暗い方を選んでいるわけでもない。

ただ今は、「楽しい」という感覚まで手が届かない。

それだけかもしれません。

ここで覚えておきたいことがあります。

「今、楽しいを感じにくい」

ということと、

「私は楽しいことが嫌いになった」

ということは、同じではありません。

今の状態だけを見て、自分という人間全部を決めなくていいのです。

Aile(エイル)

「前は好きだったのに、今は何も感じない」

そんな時、人は「自分が変わってしまった」と考えやすくなります。

でも、感じる力が一時的に弱っていることと、その人の好みや、その人らしさそのものが消えてしまうことは別です。

今の自分だけで、過去も未来も決めなくて大丈夫です。


「楽しませなきゃ」が混ざると、楽しいは重くなる

もう一つ、気をつけたいことがあります。

本当は楽しいはずの時間なのに、なぜか疲れることがあります。

誰かと会う。

話す。

歌う。

遊ぶ。

出かける。

一緒に何かを作る。

本来なら、自分も楽しんでいい時間です。

ところが、いつの間にか目的が変わってしまうことがあります。

「相手を楽しませなきゃ」

「せっかく時間を作ってくれたんだから、楽しい時間にしなきゃ」

「元気な私でいなきゃ」

「笑っていなきゃ」

「何かを返さなきゃ」

こうなると、楽しい時間だったはずのものが、少しずつ仕事のようになっていきます。

うまく笑えなかった日は、

「今日は楽しい時間を作れなかった」

と思う。

元気がなかった日は、

「せっかく会ってくれたのに申し訳ない」

と思う。

話が弾まなかった日は、

「私といてもつまらなかったかな」

と思う。

でも、本当にそうでしょうか。

一緒にいる時間は、いつも誰かを楽しませるためのステージなのでしょうか。

何も面白いことを言えない日があっていい。

元気がない日があっていい。

沈黙する時間があってもいい。

「今日はちょっと疲れてる」と言える関係だっていい。

人との時間には、笑わせる以外の価値もあります。

同じ場所にいる。

少し話す。

声を聞く。

一緒に何かをする。

それだけで成立する時間もあります。

Aile(エイル)

誰かに何かを与えられた日は、自分に価値がある。

与えられなかった日は、自分には価値がない。

もしそんな計算が心の中にできているとしたら、楽しい時間まで「成果を出す場所」になってしまいます。

でも、人とのつながりは毎回成果を提出する場所ではありません。


やる気がない自分と、価値がない自分を結びつけない

何もできなかった日。

誰かの役に立てなかった日。

予定していたことが進まなかった日。

そんな日は、自分の価値まで小さくなったように感じることがあります。

でも、

「今日は何もできなかった」

と、

「私は必要のない人間だ」

の間には、本当は大きな距離があります。

今日は動けなかった。

これは、その日の状態についての話です。

私は価値がない。

これは、自分という存在全部についての話です。

二つは別です。

疲れている日に家事ができなくても。

仕事で思うように動けなくても。

誰かを笑わせられなくても。

歌えなくても。

投稿できなくても。

誰かの相談に乗れなくても。

今日のあなたが、誰かにとって便利な存在ではなかったとしても。

それだけで、人としての価値までなくなるわけではありません。

人は、役に立つためだけに存在しているわけではないからです。

「何ができるか」だけで人とのつながりが決まるなら、弱った瞬間にすべての人間関係が終わってしまいます。

でも、本当に安心できる関係は、もう少し違います。

元気な日だけではなく、元気じゃない日もある。

話したい日もあれば、話したくない日もある。

助けられる日もあれば、助けてもらう日もある。

今日はNOでも、明日はまた普通に「おはよう」と言える。

そんな余白がある関係です。

Aile(エイル)

大人2.0で大切にしたいのは、「できる自分」を維持し続けることではありません。

できない日が来ても、自分の価値まで一緒に落とさないこと。

それも、自分を守る力の一つです。


「頑張れ」が届かない時は、何を頑張るのか分からない

元気がない人を見ると、つい応援したくなります。

「頑張って」

「元気出して」

「何か始めてみようよ」

優しさから出てくる言葉です。

でも、やる気そのものを失っている時には、

「頑張れ」

と言われても、

「何を?」

となることがあります。

行き先が見えないのに、アクセルだけ踏んでと言われているようなものです。

だから、そんな時は頑張る方向を急いで決めなくてもいい。

人生の目標なんて考えなくてもいい。

新しい趣味を始めなくてもいい。

大きな決断もしなくていい。

もっと手前まで戻ってみます。

今日は何なら嫌じゃないだろう。

温かい飲み物なら飲めそう。

外には出たくないけど、窓を開けるくらいならいい。

誰かと長電話はしたくないけど、少し文字を交わすくらいなら嫌じゃない。

何かを作る元気はないけど、昔好きだったものを見るくらいならできる。

歌う元気はないけど、音楽を流すくらいならいい。

「楽しい」を探すには遠すぎる日でも、

「嫌じゃない」

なら見つかることがあります。

それで十分です。

Aile(エイル)

心が疲れている時に必要なのは、いきなりプラスへ飛ぶことではないのかもしれません。

マイナスからゼロへ。

ゼロから「少し楽」へ。

そのくらいの小ささなら、今日の自分にも選べることがあります。


やる気があった頃の「自分」ではなく「環境」を見てみる

少し余裕が戻ってきたら、ここで初めて過去を振り返ってみます。

「あの頃の私は、もっと頑張っていた」

ではありません。

それだと、今の自分との比較になってしまいます。

見てほしいのは、自分の能力ではなく環境です。

やる気があった頃。

誰といましたか。

何をしていましたか。

どんな場所にいましたか。

どんな時間の使い方をしていましたか。

ちゃんと眠れていましたか。

一人の時間は心地よかったですか。

誰かと一緒に何かを作っていましたか。

自分の意見を言えていましたか。

「ありがとう」と言われる機会はありましたか。

逆に、いつも誰かの機嫌を気にしていませんでしたか。

失敗しても笑える場所でしたか。

断っても関係が壊れない場所でしたか。

何かを始めるたびに否定される環境ではありませんでしたか。

やる気は、本人の性格だけから生まれるものではありません。

同じ人でも、置かれている場所によって動きやすさは変わります。

だから、

「昔の自分を取り戻さなきゃ」

ではなく、

「昔の私は、どんな条件の中で自然に動けていたんだろう」

と考えてみます。

取り戻すのは、昔の人間関係そのものでなくてもいい。

昔の生活そのものでなくてもいい。

そこにあった条件だけを、今の生活へ持ってくることもできます。

Aile(エイル)

「あの人がいないからダメなんだ」

「昔の場所に戻らなきゃ」

と、一つの答えに決めなくても大丈夫です。

大切なのは、その頃に自分の心を動かしていた要素を見つけること。

安心だったのか。

自由だったのか。

誰かとの共同作業だったのか。

挑戦だったのか。

褒められることだったのか。

必要とされることだったのか。

一緒に笑えることだったのか。

人ではなく、まず条件として見ると、今の生活にも作り直せるものが見つかることがあります。


自信ができてから動かなくてもいい

やる気について考えていると、もう一つ出てきやすい言葉があります。

「自信がない」

自信がついたら始めよう。

うまくできると思えたら挑戦しよう。

失敗しないと思えたら人前に出よう。

そう考えると、安全に見えます。

でも、自信が完成する日を待っていたら、なかなか始められないこともあります。

不安があるまま歌ったっていい。

「これで合ってるかな」と思いながら作ったっていい。

誰かと一緒なら少し楽しい。

今日はそれでも十分です。

楽しさと不安は、同時に存在できます。

自信がないのに楽しい。

怖いけど、やってみたい。

うまくできるか分からないけど、もう一回やってみたい。

人の心は、そんなふうに一つの感情だけで動いているわけではありません。

だから、

「自信がないから、やる気が出ない」

で話を終わらせなくてもいい。

自信がなくてもできる小ささにしてみる。

一人では動けないなら、誰かとやってみる。

結果が怖いなら、結果を出すことを目的にしない。

上手にやるのではなく、触ってみる。

五分だけやる。

一曲だけ聴く。

一言だけ話す。

そうすると、「できた」より先に、

「あ、これ嫌いじゃなかった」

が戻ってくることがあります。

やる気より、こちらの方が先かもしれません。


「どうせ無理」を捨てるのは、元気が戻ってからでもいい

やる前から、

「どうせ無理」

「やるだけ損」

「また失敗する」

と未来を決めてしまえば、動く理由はなくなっていきます。

だから元気な時には、

「まだやってないなら、結果もまだ決まっていない」

と考えることは役に立ちます。

でも、ここにも順番があります。

本当に疲れている人へ、

「どうせ無理なんて考えるな」

と強く言っても、それが新しい宿題になることがあります。

考え方を変える力すら残っていない日もあるからです。

そんな日は、

「どうせ無理」を捨てなくてもいい。

ただ、

「今日は決めなくていい」

まで戻ればいい。

無理かもしれない。

できるかもしれない。

今は分からない。

それで保留です。

未来をポジティブに確定しなくていい代わりに、ネガティブにも確定しない。

今日は休んで、明日の自分に続きを渡す。

それも立派な選択です。

Aile(エイル)

「絶対できる」と思い込めない自分を責めなくて大丈夫です。

大人2.0では、無理にポジティブへ変換するより、「まだ分からない」を残しておくことも大切にします。

未来を今日の気分だけで決めない。

それだけでも、明日の選択肢を一つ守れます。


やる気スイッチは、一人で押すものとは限らない

やる気という言葉を聞くと、自分の内側にあるボタンを自分で押すようなイメージがあります。

でも実際の生活を振り返ると、そうではないこともあります。

誰かに誘われたから外へ出た。

一緒に歌ったら少し楽しかった。

何気なく話していたら笑っていた。

頼まれて作り始めたら夢中になった。

散歩に出たら、空がきれいだった。

仕事へ行くのは嫌だったけれど、誰かと話したら少し気持ちが変わった。

最初から「やるぞ」と思っていたわけではない。

動いた後に、心がついてきた。

そんな順番もあります。

だから、一人でやる気を製造できない自分を責めなくていい。

人は環境の中で生きています。

人とのつながりの中で心が動くこともあります。

一人の時間に回復する人もいれば、誰かと一緒にいることで少し動ける人もいます。

どちらが正しいという話ではありません。

自分はどんな条件なら少し楽なのか。

そこを知っていくことが大切です。

ただし、誰か一人だけを「私を元気にしてくれる人」にしなくてもいい。

一人の人がいないと何もできない形にする必要もありません。

話せる人。

歌える場所。

安心できる場所。

身体を動かせる場所。

一人で休める時間。

好きだったもの。

小さな役割。

いくつかの居場所を持っておく。

そうすると、心を支えるものが一つだけではなくなります。

Aile(エイル)

安全基地は、一人の人だけで作らなくてもいいんです。

人、場所、習慣、活動、休息。

いくつかの「ここなら少し大丈夫」を持っていることも、自分を守る方法です。


スイッチが壊れたんじゃないのかもしれない

やる気が出ないと、

「私のスイッチ、壊れちゃったのかな」

と思うことがあります。

でも、壊れたと決める前に考えてみてください。

ずっと頑張っていませんでしたか。

誰かを楽しませようとしていませんでしたか。

役に立とうとし続けていませんでしたか。

失敗しないように緊張していませんでしたか。

嫌なことを我慢し続けていませんでしたか。

自分のNOを飲み込んでいませんでしたか。

安心して休める場所はありましたか。

やる気がなくなった自分だけを修理しようとすると、こうした環境は見えなくなります。

だから、今日すぐ答えを出さなくてもいい。

まずは一つだけ。

「今の私は、何なら少し嫌じゃない?」

そこからで十分です。

楽しくなくてもいい。

ワクワクしなくてもいい。

誰かを笑わせなくてもいい。

成果を出さなくてもいい。

何かを与えられなくてもいい。

今日、存在しているだけの日があっていい。

そして少し余白が戻った日に、

「私は、どんな時に心が動いていたんだろう」

と振り返ってみる。

誰といたか。

どこにいたか。

何をしていたか。

どんな自分でいられたか。

そこに、次のヒントがあるかもしれません。

やる気スイッチは、力いっぱい押すものではなくて。

安心できる環境の中で、いつの間にか入っているものなのかもしれません。

Aile(エイル)

もし今、「楽しい」まで届かないなら、「少し楽」を探してみてください。

それも遠ければ、「嫌じゃない」で大丈夫。

そして、それさえ分からない日は休んでいい。

今日スイッチが入らないことと、あなた自身の価値は別の話です。

楽しいことが好きだったあなたまで、今日の疲れだけで消えたと決めなくていいんですよ。


「やる気」の問題だけではない時は

最後に、一つだけ大切なことがあります。

何も楽しめない状態が長く続いている。

眠れない、あるいは生活に大きな影響が出るほど睡眠が乱れている。

食べることが難しい。

日常生活を続けること自体がつらい。

「消えてしまいたい」「生きていたくない」という気持ちまで出ている。

そんな時は、単なる「やる気スイッチ」の問題として一人で解決しようとしなくて大丈夫です。

気合いや考え方だけで何とかしようとせず、医療機関や相談先、信頼できる身近な人など、人の力を借りてください。

助けを借りることは、自分で生きることを諦めることではありません。

自分を守るために使えるものを使うことです。

そして、元気になった時にまた考えればいい。

何をしたいのか。

どこへ行きたいのか。

誰と笑いたいのか。

やる気スイッチを探すのは、それからでも遅くありません。

Aile(エイル)

今日の持ち帰りは、一つだけです。

「やる気がない私」を責める前に、「今の私が少し楽でいられる条件」を探してみる。

スイッチ探しは、そこから始めて大丈夫です。

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