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感謝が分かったとき、人生は楽しくなる

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自由・責任・愛の余裕

自立とは、何だろう。

誰にも頼らず生きることではない。

孤独になることでもない。

自立とは、人生の主語を自分に戻すことだ。

起きた出来事を、誰かのせいにし続けないこと。

選択を、自分のものとして引き受けること。

それは重い。

だが同時に、自由だ。

自由は、責任と同時に訪れる。

責任を持つとは、自分を縛ることではない。

自分の人生を、自分で選べる状態に入ることだ。

そのとき、心に余裕が生まれる。

余裕とは、誰かを責めなくてもいい状態だ。

余裕とは、比較しなくてもいい状態だ。

余裕とは、恐れに支配されない状態だ。

その余白に、感謝が芽を出す。

感謝は、努力の成果ではない。

成熟の副産物だ。

恐れが静まり、安心が広がったとき。

人は自然に「与えられていた」と分かる。

それが、感謝が分かった状態だ。


自分の人生を彩る段階

若い頃は、獲得の段階にいる。

足りないものを追いかける。

証明しようとする。

守ろうとする。

その時間も必要だ。

依存から自立へ向かう過程は、闘いに似ている。

他責から引受へ向かう過程は、痛みを伴う。

恐れから安心へ向かう過程は、勇気を要する。

だが、その先にあるものは闘いではない。

余裕だ。

自分の人生を、自分で彩れる段階だ。

彩るとは、支配することではない。

選び取ることだ。

選べる状態に入ると、人は遊び始める。

楽しいとは、軽いという意味ではない。

重さを含んだまま、肯定できる状態だ。

過去の不完全さも。

親の未熟さも。

自分の未熟さも。

すべてを材料にできる。

そのとき、人生は創作になる。

与えられた舞台を、どう演じるか。

どう色を足すか。

そこに、遊びが生まれる。

その遊びの土台にあるのが、感謝だ。

感謝が分かると、世界は敵ではなくなる。

素材になる。


ここからが本番

ここまで読んで、到達しなければならないと感じたなら。

その必要はない。

感謝は競争ではない。

段階は人それぞれだ。

いま恐れの中にいてもいい。

いま他責の中にいてもいい。

いま依存の中にいてもいい。

それも過程だ。

だが、もし少しだけ余裕が芽生えているなら。

もし少しだけ、与えられていたと感じられるなら。

あなたはもう、楽しい人生の入り口に立っている。

感謝とは、道徳ではない。

成熟の自然現象だ。

依存から自立へ。

他責から引受へ。

恐れから安心へ。

その流れの中で、静かに現れる副産物。

あなたは、もう楽しい人生に立っていますか。

それとも、これから立とうとしていますか。

どちらでもいい。

いまのあなたでいい。

ただ、ここからが本番だ。

あなたの人生を、あなたが彩る番だ。

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