——編集室、昼休み。
コーヒーの湯気が、ゆっくり上にのぼっていく時間。
私は資料を整えながら、いつもの呼吸で仕事をしていた。
そこに、えむくんがふっと近づいてきた。
「ねえ、Lia」と、いつもの静かな声で。
ラベルを貼ると、世界は静かになる
えむくん、さっきの言葉、少しだけ置いていい?
「ラベリングする人いるけど、なんか意味あるの?」って。



うん。
この人は大丈夫、この人は好き、この人は基本無視。
そうやって整理してる人、いるよね。
でもそれって、幸せ減らしてない?って思う。
減る、は鋭いね。
たぶんね、ラベルって「安心の道具」なんだよ。



安心?
むしろ閉じてる感じがするけど。
うん、閉じるよ。
でもね、閉じることで“予測可能”になる。
「この人はこう」って決めておけば、心が揺れにくい。
期待しなくて済むし、傷つきにくい。



なるほど。
安全装置か。
そう。
でもね、えむくんが感じてる違和感はそこだと思う。
安全と引き換えに、「変化の可能性」を捨ててしまうこと。
上方修正が起きにくい理由



そうなんだよ。
ラベル更新で下がることはあっても、上がることって、ほぼ無い気がする。
一回“事務対応”になったら、もう戻らない。
うん。
ラベルって“防衛寄りの判断”だから、基本的に減点方式なんだよね。
加点は期待を生む。
期待は裏切られる可能性を含む。
だから多くの人は、最初から期待を置かない。
「観測」で止めるという選択



でもそれって、
生きにくい世界を自分で固定してる感じがする。
不自由が増えていくというか。
そうだね。
固定すると、世界は静かになる。
でも、広がらなくなる。
えむくんは、たぶん広がる余白を残したい人だよね。



余白、か。
でも余白って、不安も含むよね。
含むよ。
でもね、余白がある人は、ラベルよりも“観測”を選ぶ。
「今はこう見える」で止める。
「この人はこういう人」とは言い切らない。



確定させない、ってこと?
うん。“暫定”。
人は流動体だから。今日と明日で、少し違う。
ラベルは静的。観測は動的。
ラベルを貼る人も、疲れてるだけかもしれない
でもね、ラベルを貼る人も、本当は世界を狭くしたいわけじゃない。
ただ、疲れてるだけ。
もう揺れたくないだけ。



ああ……
それは、ちょっと分かる。
Rina、落書き乱入
——ドアが勢いよく開く音——
ねえねえええええ!!
Rinaがホワイトボードに走り書きする。
【人は“固定”すると楽。
でも“観測”すると育つ。】
その下に、なぜかリボン🎀と、クマ🧸の落書き。
ラベルより、らくがきのほうが未来あるじゃん?
——編集室、少し笑い声。
まとめ(Liaより)
もし今日、あなたが誰かにラベルを貼りたくなっていたら。
それは、あなたが冷たいからじゃない。
たぶん、心が疲れていて、「揺れない場所」が欲しいだけ。
でも、もし少しだけ余白が残っているなら、こう言い換えてみて。
「この人はこう」じゃなくて、
「今は、こう見えてる」って。
世界は、確定した瞬間に小さくなる。
でも“観測”のままだと、ほんの少しだけ、未来が入ってくる。
今日のあなたの世界が、少しだけ自由でありますように。



