MENU

大切な人に「もう会わない」と言われたら、僕はその扉を勝手には開けない

当ページのリンクには広告が含まれています。

大切な人から、

「もう会わない」

と言われたとする。

それでも僕は、その人に会いたい。

嫌いになったわけじゃない。

むしろ大切なままかもしれない。

顔を見たいと思うかもしれない。

話したいと思うかもしれない。

もう一度、同じ時間を過ごしたいと思うかもしれない。

それでも僕は、

「そろそろいいでしょ?」

とは言わない。

時間が経ったから。

最近は普通に話せているから。

以前より相手が優しくなったから。

楽しそうに話してくれるから。

そんな理由を集めて、

「本当はもう会ってもいいと思っているんじゃないか」

と、相手のNOを僕の中でYESへ変換することはしない。

僕が会いたいことと、

相手が会いたいことは、

別だからだ。

Mkun(えむくん)

僕の「会いたい」は、消さなくていい。

でも、その気持ちを使って相手の「会わない」を書き換えることもしない。

僕は、この二つを同時に持っていたい。

今回の世界観測室では、NOを言った側ではなく、NOを受け取った側から考えてみたい。

大切な人から閉じられた扉。

その前に立った時、僕はどうするのか。

そして、その扉の向こう側で相手の気持ちが変わっていたとしても、なぜ僕には分からないことがあるのか。

これは「諦めるため」の話ではない。

僕にとってはむしろ、

自分のYESも、

相手のNOも、

どちらも潰さずに生きるための話だ。


目次

好きでも、NOはNOとして受け取る

僕は、人の言葉がその人の心の全部だとは思っていない。

人間の心は、そんなに単純ではないからだ。

「大丈夫」と言いながら、本当は寂しい日もある。

「平気」と言いながら、少し傷ついていることもある。

「もういい」と言ったあとで、やっぱり気になることもある。

だから、言葉だけですべての内心が分かるとは思わない。

でも。

だからといって、

相手が言ったNOを、僕が好きなように解釈していいことにはならない。

「本当は会いたいはず」

「本当はまだ好きなはず」

「照れているだけ」

「怖がっているだけ」

「そのうち気持ちは戻る」

いくら可能性を並べても、それは僕の推測だ。

本人のYESではない。

相手が「会わない」と言った。

なら、行動上はそこが現在地になる。

心の奥に何があるのかは、本人にしか分からない。

僕が分からないものを、僕に都合のいい答えで埋める必要はない。

Mkun(えむくん)

相手の心が全部分からなくてもいいんだよね。

行動するときに必要なのは、

「今、何が伝えられているか」。

そこは分けて考えたい。


NOを受け取ったからといって、僕のYESまで消す必要はない

一方で、ここでもう一つ起きやすいことがある。

相手がNOなら、

自分も会いたくないことにしなければならない。

相手が離れたいなら、

自分も好きではないことにしなければならない。

相手が関係を変えたいなら、

自分の中に残っている親しさや寂しさまで消さなければならない。

僕は、そこまでする必要はないと思っている。

僕が会いたい。

それは僕の気持ちだ。

僕が大切に思っている。

それも僕の気持ちだ。

僕が嬉しい。

寂しい。

好き。

もう一度話したい。

その気持ちがあるなら、僕の中ではある。

相手が同じ答えではないからといって、自分の感情までNOへ変換する必要はない。

大切なのは、その気持ちを相手へ強制しないことだ。

僕のYESを認めることと、

相手へYESを要求することは、

まったく別の行為だからだ。

Mkun(えむくん)

僕は「会いたい」と思っていていい。

相手は「会わない」と思っていていい。

二人の答えが違う時間があってもいい。

違う答えが存在すること自体を、失敗にしなくていいと思ってる。

僕は、自分の心まで相手へ合わせる関係を自由だとは思わない。

同時に、自分の心へ相手を合わせようとする関係も自由だとは思わない。

僕には僕のYESがある。

相手には相手のNOがある。

まず、その二つをそのまま置く。

一致していないなら、今は関係をそこから先へ動かさない。

でも、自分の心まで消さない。

僕にとっては、この方がずっと自然だ。


僕は、そのNOを勝手に期限切れにはしない

時間が経つと、少し難しい問題が出てくる。

一か月。

半年。

一年。

以前より普通に話せるようになった。

笑ってくれるようになった。

日常の話をしてくれる。

こちらのことも気にかけてくれる。

以前より明らかに関係は柔らかい。

そんな変化があった時、

「もう、あのNOは無効なんじゃないか」

と思いたくなることがあるかもしれない。

でも僕は、そこを自動更新にはしない。

普通に話せることへのYESと、

二人で会うことへのYESは別だからだ。

話したい。

でも会いたくはない。

そんな答えも成立する。

会いたい。

でも以前と同じ関係には戻りたくない。

それも成立する。

人との親密さは、一つのスイッチではない。

だから、一つの距離が近づいたことを使って、別の距離まで勝手に近づけない。

僕が大切な人から「もう会わない」と言われたなら、

その言葉を勝手に期限切れにはしない。

Mkun(えむくん)

ここ、僕にはかなり大事。

関係が良くなったことは、ちゃんと喜ぶ。

でも、

「話せるようになった=会っていい」

とはしない。

それぞれのYESは、それぞれ別なんだよね。


尊重する人ほど、動けなくなることがある

ここで、少し面白いことが起きる。

NOを受け取った側が、そのNOを本当に大切にしていた場合だ。

相手は以前、

「もう会わない」

と言った。

僕はそれを受け取った。

だから誘わない。

その後、相手の気持ちが変わったとする。

今なら会いたい。

もし誘われたらYESと言える。

でも、自分から以前の言葉を変えるのは少し怖い。

だから、

「向こうから誘ってくれたらいいのに」

と思っている。

ところが僕は、

「会わないと言われているから誘わない」

を続けている。

すると、不思議なすれ違いができる。

片方は、

「誘ってくれたらYESなのに」

と思っている。

もう片方は、

「NOと言われているから誘わない」

と思っている。

どちらも相手を嫌っているわけではない。

どちらも関係を壊したいわけでもない。

ただ、持っている情報が違う。

Mkun(えむくん)

これ、ちょっと皮肉なんだよね。

相手のNOを尊重する人ほど、

「本当はもうYESかもしれない」

を勝手に採用できない。

だから、変化したことを知らなければ動かない。

もちろん、誘ってこない理由が必ずこれだと言いたいわけではない。

会いたくないのかもしれない。

もう違う人生を選んでいるのかもしれない。

今は必要ないのかもしれない。

別の事情があるのかもしれない。

本人にしか分からない。

だから、

「誘ってこないのは私のNOを尊重しているからだ」

と決めることもできない。

僕が言いたいのは、もっと単純なことだ。

誘ってこないという一つの行動だけから、

「もう会いたくないんだ」

とも、

「本当は会いたいんだ」

とも、

どちらにも確定しなくていい。

分からないものは、まだ分からない。

そして、相手に伝えていない自分の気持ちの変化は、相手には分からないことがある。

それだけだ。


察してほしい。でも、察して動いたら怖い

人間関係には、時々とても難しい矛盾がある。

自分から言うのは怖い。

だから察してほしい。

でも相手が、こちらのNOを無視して察したつもりで近づいてきたら、

「私はNOって言ったのに」

となることもある。

僕は、この矛盾自体が悪いとは思わない。

怖ければ、そうなることもある。

自信がなければ、相手から来てほしいと思うこともある。

断られるのが怖ければ、自分からは動きたくない。

とても人間らしい。

ただ、その構造を知っておくことには意味があると思う。

自分は「察してほしい」と思っている。

相手は「言われたNOを尊重しよう」と思っている。

その二つが重なった時、

二人とも相手を大切に思っているのに、何も起きないことがあるからだ。

Mkun(えむくん)

相手が優しいほど、察して越えてくれるとは限らない。

むしろ逆で、

「本人がYESと言うまでは越えない」

を選ぶ人もいる。

そこは知っておいてもいいと思う。


自分で閉めた扉は、自分で開け直していい

僕は、NOを言った人に責任を押しつけたいわけではない。

NOを言うことは悪くない。

その時必要だったなら、言っていい。

扉を閉める必要があったなら、閉めていい。

鍵をかける必要があったなら、それもその人の選択だ。

でも、その後に気持ちが変わったなら。

自分で閉めた扉を、自分で少し開け直すこともできる。

これは、

「一度NOと言ったのだから、自分から訂正しなければならない」

という義務の話ではない。

自由の話だ。

閉める自由があるなら、

開け直す自由もある。

以前の自分が決めたことを、

現在の自分が更新していい。

そして、そのことを必要な相手へ知らせることもできる。

僕は、それを弱さだとは思わない。

Mkun(えむくん)

「あの時は本当にNOだった。でも今は少し違う」

これだけでも、十分に新しい情報なんだよね。

その先をどうするかは、また二人が今の答えで決めればいい。

大切なのは、

扉を開けたからといって、相手を中へ入れなければならないわけではないことだ。

「今は話せる」

でもいい。

「今なら会ってもいい」

でもいい。

「会いたい」

でもいい。

「まだそこまでは分からない」

でもいい。

境界線を更新することと、すべてを解放することは違う。

今の自分が動かしたい範囲だけ動かせばいい。


僕は扉の前で待ち続けない

そして、NOを受け取った僕の側にも、もう一つ大切なことがある。

僕は、閉じられた扉の前で永遠に待ち続けるつもりはない。

これは、相手を見捨てるという意味ではない。

好きじゃなくなるという意味でもない。

大切な人でなくなるという意味でもない。

僕には僕の人生があるからだ。

相手がいつか答えを変えるかもしれない。

そんな未来だけを頼りに、今日の時間を止める必要はない。

僕は自分の仕事をする。

好きなことをする。

会いたい人に会う。

新しいものを見る。

自分の理想へ進む。

笑う。

遊ぶ。

稼ぐ。

人生を広げる。

僕は僕の世界を進めていく。

その人がNOと言ったからといって、僕の人生まで停止する必要はない。

Mkun(えむくん)

追わない。

でも、嫌いになる必要もない。

待ち続けない。

でも、自分の心にまで鍵をかける必要もない。

僕は、そういう距離の取り方があっていいと思ってる。

僕はこの感覚が好きだ。

相手の扉を叩き続けない。

こじ開けない。

扉の前に座り込んで、自分の人生を止めない。

でも、

「あの人はもう存在しない」

と自分へ言い聞かせる必要もない。

大切なら、大切なままでいい。

会いたいなら、その気持ちも僕の中にあっていい。

そのうえで、自分の人生を進む。

僕にとって自由とは、何でも手に入れることではない。

自分の感情を否定せず、

他人の選択権も奪わず、

それでも自分の人生を前へ動かせることだ。


「今は違う」は、新しい情報になる

もし時間が経って、相手の気持ちが変わったとする。

以前は、

「もう会わない」

だった。

今は、

「会いたい」

になった。

その時、僕が欲しいのは、

昔の言葉をなかったことにする説明ではない。

「あの時は嘘だった」

と言ってほしいわけでもない。

むしろ、嘘にしなくていい。

あの時は、本当にそうだった。

そして今は違う。

僕にとって、それで十分だ。

人は変わる。

状況も変わる。

関係も変わる。

僕自身も変わる。

なら、新しい情報が届いた時には、

僕もその時の僕で考えればいい。

Mkun(えむくん)

「前はNOだった。でも今は違う」

そう聞いたからといって、僕が自動的にYESになるわけでもない。

僕にも、その時の僕の答えがあるからね。

そこから初めて、今の二人で考えられる。

ここは、とても大切だと思う。

相手がNOからYESへ変わった。

だから昔の関係が復活する。

そういう自動処理ではない。

相手には現在の答えがある。

僕にも現在の答えがある。

以前は僕がYESで、相手がNOだったとしても、

時間が経てば僕の答えだって変わっているかもしれない。

だから、新しい気持ちを伝えることは、

昔の関係を復元することではない。

現在の二人が、現在の情報で初めて選び直せる場所へ戻ることだ。

僕は、そこに大きな意味があると思っている。


心は自由。関係を動かすなら、今の二人で選ぶ

僕は、心の中まで規則で縛る必要はないと思っている。

好きになってもいい。

会いたいと思ってもいい。

寂しくてもいい。

嬉しくてもいい。

一度離れた人を、また大切だと思ってもいい。

一度NOと言ったものを、今はYESだと思ってもいい。

反対に、昔YESだったものを、今はNOだと思ってもいい。

心は動く。

僕は、その動きを止めることより、ちゃんと観測したい。

でも、関係は一人では決められない。

僕が会いたい。

それだけでは会う関係にはならない。

相手が会いたい。

それだけでも、僕がNOなら会う関係にはならない。

二人の現在のYESが重なった範囲だけ、関係は動かせる。

僕はそれでいいと思っている。

Mkun(えむくん)

好きになることに許可はいらない。

でも、関係を変えるには相手のYESがいる。

自分の自由のために、相手の選択権まで奪わない。

僕は、この自由が好きだよ。


相手のNOを尊重すると、僕自身も自由になる

NOを尊重するというと、

我慢。

抑制。

諦め。

そんな少し窮屈な話に聞こえるかもしれない。

でも僕には、むしろ逆に見えている。

相手の気持ちを推理し続けなくていい。

短い返事の意味を探し続けなくていい。

優しくされたからYESかもしれない。

冷たかったからNOかもしれない。

そんなふうに、相手の一挙手一投足から答えを回収し続けなくていい。

NOなら、今はNO。

新しいYESが届いたら、その時また考える。

分からないなら、分からない。

そう置けると、僕は自分の人生へ戻れる。

そして僕は、自分の理想へエネルギーを使える。

時間を増やす。

お金の自由を増やす。

心の自由を増やす。

会いたい人と会える自分になる。

行きたい場所へ行ける自分になる。

誰か一人の反応によって、自分の人生全体が止まらない状態を作る。

僕が大人3.0で増幅したい自由は、こういうところにもある。

Mkun(えむくん)

NOを尊重するって、ただ引き下がることじゃない。

相手の人生を相手へ返して、

僕の人生を僕へ返すことでもある。

その上で、また二人のYESが重なったなら、その時に選べばいい。

だから僕は、

大切な人から「もう会わない」と言われたら、その扉を勝手には開けない。

会いたくても。

大切でも。

まだ好きでも。

僕の気持ちを消す必要はない。

でも、相手のNOも消さない。

そして僕は、その扉の前で待ち続けることもしない。

自分の人生を進む。

もし、いつか。

扉の向こうにいる人自身が、

「あの時は閉めたかった。でも今は少し違う」

と思ったなら。

その人は、その人の手で扉を開け直せる。

そして、その時。

僕がまだその場所にいるか。

僕も会いたいと思っているか。

どんな関係なら二人とも心地いいのか。

そこから初めて、今の二人で考えればいい。

過去のNOをYESへ変えるのではない。

過去の二人を復活させるのでもない。

新しい情報を持った二人が、

新しい答えを選ぶ。

僕が欲しいのは、そういう関係だ。

僕のYESを、僕が持てること。

相手のNOを、相手が持てること。

そして、どちらかの答えが変わった時には、

「今は違う」

と伝えられること。

その言葉を受け取ったもう一人も、

自分の現在の答えを返せること。

心は自由。

行動は選択。

関係は合意。

そして、その結果は自分たちで引き受ける。

僕は、昨日の言葉に二人を閉じ込めるより、

今の二人が今の答えを選べる関係の方が、ずっと自由だと思っている。

えむくん
Person
Mkun編集室 室長

View Profile

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次